家族

「……うん?」

「どうした?」


 父さんたちが旅行に行き、涼香と由愛の二人と初めて三人で過ごした土日を乗り越えた月曜日だ。

 二人と過ごすということで色々と気を遣うことはあったものの、やはり培った仲の良さが俺を救ってくれるかのように、後になれば気は楽になったが……。

 さて、そんなことよりも時風に集中しよう。

 今までずっとゲームのことを話していたのに、隣に座る時風がいきなり黙り込んで俺の方へ顔を近付けた。


「……なんだよ」

「いや……なんか良い匂いがすると思ってさ」


 おい、それで匂いを嗅いでるのか? やめてくれ気持ち悪い!!

 もちろん友達なのでストレートにそんなことを言うつもりはないが、取り敢えず嫌だったので肘を軽く当てて振り払う。


「いやぁすまんすまん!」

「……ったく」


 これが女の子相手なら……いや、それも流石にマズいか?

 でも……時風に匂いを嗅がれたことで、俺の汗の臭いを嗅いできた涼香たちのことを思い出す。

 俺の汗の匂いが好きって普通に言ってたし、昨日もちょっとその話になって二人で盛り上がっていたくらいだ……もちろん俺からしたら地獄のような恥ずかしさだったけれど。


「……………」


 そんなに臭うのか……?

 いやこの場合は匂うの方か? 別に時風の反応を見る限り嫌な香りというわけではなさそうだし……というか良い匂いって言ってたもんな。

 当たり前だけど自分の匂いだからこそ違和感がないので感じ取れない……いや、僅かに香る匂いがあった。


(これ……涼香と由愛の匂い?)


 その答えに行き着いた。

 確かに今朝、涼香を起こしに行った際にまた甘えるように抱き着かれ、家を出る前には今日一日の充電だと言われて由愛にも抱き着かれた。

 まさかそれだけで彼女たちの匂いが付いたのか?


「心当たりあるのか? 香水とかとも違うみたいだし」

「……あ~、まああるけど大したことじゃないさ」

「ふ~ん?」


 気にしないでくれと言って俺はこの話を終わらせた。

 それからはもう匂いのことは全て忘れ、あっという間に昼休みまで時間は流れて行った。

 チャイムが鳴り終わってすぐに俺は弁当を手に立ち上がり、屋上へと向かう。


「……あぁねむっ」


 今日は特別眠たかった。

 それこそ四限目に入った段階で欠伸が止まらなくなるという最悪の展開……おかげで英語の授業が全く頭に入らなかった。


「……ふわぁ~」


 そしてまたこの大欠伸だ。

 涙も一緒に出てきてしまい目元を拭いていた時だった――扉が開くことが聞こえ、待ち人たる彼女たちが現れる。


「お待たせしました」

「お待たせお兄ちゃん」


 涼香と由愛だ。

 ある程度量の違いがあるのはともかくとして、せっかく涼香がみんなの弁当を作ってくれたので、その味の感想会を開くかのようにこうして集まったわけだ。

 俺を真ん中に座るようにしてベンチに三人で座り、弁当を食べ始めた。


「……美味い」

「本当! お姉ちゃん凄く美味しいよ!」

「良かったです♪ ちょっと目を離したら由愛が変なことをしようとしていたので防げたのも大きいですね」

「……そんなことあったの?」

「はい」

「だからごめんって言ってるじゃん!」


 そんなことがあったのか……俺がトイレに行ってた時かな?


「……………」


 弁当……特に何かあるわけでもない普通の弁当だ。

 おにぎりや卵焼き、唐揚げやウインナーなど……弁当と言えばこれだと思われる代表的な物がバランスよく並んでいる。


「あむ……」


 美味しい……特にこの卵焼きが最高だ。

 卵特有の甘さだけでなく、程よく使われているであろう醤油の味もバランスが良くてマジで美味しい。

 味について詳しく語れればいいのかもしれないけれど、ただただシンプルに美味しいとしか言葉が出てこない。


「……美味いよ凄く」


 冗談ではなく何度も何度も美味しいと言ってしまうほどに俺は満足していた。

 作った本人の涼香も美味しそうに食べており、由愛も美味しい美味しいと言って食べ続け……俺たちの間にある空気はとても温かなものだ。

 この場に居るのが俺たちだけというのがあるのかもしれないけど、家での空気そのままがここで実現している。


「……ふわぁ」


 しかし、それでも眠気は居なくなってくれなかった。

 弁当を完食した後は更に地獄の時間が俺に襲い掛かり、気を抜いたらすぐに意識が飛びそうなほど……それほどまでに眠たくなってきた。

 カクンカクンと頭を揺らしていると、何も言わずに由愛が俺の頭を自身の膝へと誘導した。


「え?」

「そのまま横になっちゃいなよお兄ちゃん」


 それは所謂膝枕のお誘いだった。


「良いじゃないですか。私は向かいのベンチに座りますね」


 足を伸ばせる空間を作るように涼香が移動し、否が応でも膝枕をされる運命から逃げられなくなってしまい、俺は由愛の太ももに頭を乗せた。


「……ありがとう由愛」

「ううん、全然良いんだよ。むしろいつだってしてあげるね」


 俺を見下ろす由愛は笑っていた。

 優しく、どこまでも全てを受け入れてくれるかのような笑顔でずっと……ずっと俺を見下ろしている。

 チラッと涼香を見れば彼女も俺を見て微笑んでおり、ここが学校だということを忘れさせてくるような雰囲気がここにはあった。


(ヤバい……こうされると我慢出来ないや。もう無理――)


 そうしてすぐ、俺は眠りに就くのだった。

 薄らと眠りに就く直前に俺は思っていた――涼香と由愛はこうして俺のパーソナルスペースにいつでも入り込んでいる。

 学校では流石にないけれど、家では彼女たちが傍に居るのが普通になっている。

 少し前までは絶対に考えられなかったこの状況……俺はもう、二人が居ない日常というのが考えられなくなっていた。


 そうか……こんなにも大切になってしまうということ。

 これが家族を想うってことなんだろう……俺はこの気持ちを、これからもずっと大切にしていく……それは俺にとって絶対の掟のようなもの。

 絶対に……この繋がりを守り続けるんだ。

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