第4話 銅貨と決意

ダンジョンの入り口―――


未だ整備もしておらず、単なる洞窟にしか見えないが、そこでは3人の男が中を伺っていた。

継ぎ接ぎされて汚れの目立つ衣服を身に纏い、錆の浮いた鉈を腰に下げている。

髪や髭も、あまり手入れされていない様子だった。

背負ったナップザックや木組みの背負子には雑多な道具類が積み上がっていた。

男たちは最近、戦火に焼かれた近場の廃村トルム村に残されていた物資を漁りに来ていたのだ。

金属を使った道具や簡素な装飾品でも、彼らにとっては十分な稼ぎになる。

その帰り、まだ日が高いうちに薬草類でもないかと思って森に入った時に、この洞窟を見つけたのだが……。



「銅貨だ……!」


入り口に落ちていた1枚の銅貨を、男たちは目ざとく見つけたのだ。

そして洞窟の中に向かい、点々として銅貨や銀貨が落ちている。

男たちは顔を見合わせて相談する。

こういった洞窟は魔物や野生動物の巣になっていることが多い。

そもそも一体なぜ、銅貨が落ちているのか。

中に入るのは危ないかもしれない。

……だが銅貨だけならともかく、銀貨は喉から手が出る程欲しい。

ひょっとしたら、金貨も、あるのかもしれない。

近くの村が焼かれたのは最近のようだ、ひょっとしたら生き残りが逃げ込んだのかもしれない。

貨幣はそのときに落としたのだろう。

それなら自分たちが行って助けてやるべきだ。

死んでいたら、残りの銅貨や銀貨も持って帰ればいい。

もし、生きていても瀕死なようであれば……。

男たちの欲望は、恐怖を麻痺させた。




『人間が来た』

「……そうか」

『人間は銅や金銀の欠片を撒けば、火に飛び込む羽虫のように、群がってくるものだ』


ジョンはダンジョンの中を進んでくる男たちの様子をいた。

ダンジョンの中であれば、ジョンは現場を直視せずとも状況を把握できる。

彼らは時折周囲を警戒こそするものの、銅貨や銀貨を求めて足元に注意が向かっており、隙だらけだ。

これなら通路の陰や脇道に伏せてある魔物たちを使えば、すんなりと始末できるだろう。



『あとは汝が、魔物らに指示をするだけだ』

「………」


男たちを眺めながら、しかしジョンは指示を出さなかった。

ダンジョンコアは、そのジョンの様子を伺いながら、思案する。

人間を憎む心は、確かにジョンの中に存在している。

この男たちはジョンにとって縁もない者たちだ。簡単に殺せるはずだろう。


だが、すぐに指示を出さないジョンに、ダンジョンコアは失望を抱きつつあった。


ダンジョンコアは心を知らないが、しかし人間の言動に対する知識はある。

ジョンは親しいものを殺された直後に感情を爆発させただけであり、憎しみに理性で蓋をしてしまう存在であるのかと。

自身の見込み違いであり、ジョンは凡夫に過ぎなかったのだろう。

ならば契約は取り消しだ、とダンジョンコアがジョンに話しかけようとしたときだった。



「やれ」


ジョンの指示の通り、ダンジョンの陰に隠れていた魔物たちが飛び出した。

足元の銀貨を拾い上げていた男たちの頭に、『豚人間オーク』の手にする粗末な鈍器が叩きつけられ、頭が砕け脳漿が飛び散った。

小悪魔グレムリン』と『悪妖精インプ』が爪と牙を突き立て、男を引き裂き、悲鳴と血だまりの中に沈んでいく。

骸骨スケルトン』が錆の浮いた剣で男を斬りつけるが、その男は悲鳴を上げ、荷物を捨て咄嗟のバリケードにしながらダンジョンの外を目指し走り出す。

そして、ダンジョンを逆に進んだときにのみ発動する罠を踏み抜き、壁から突き出した槍に身体を貫かれ、虫のように痙攣して絶命した。



『……』

「……悪い。確かに俺は人間を殺せる、ってときに少し、悩んでた。でもな」


押し黙るダンジョンコアの様子を察したのか、ジョンは口を開く。



「あの人間のが……俺の母さんの首飾りをつけていた。

 父さんから贈られたやつなんだよ。

 金としては、そんなに価値もないものだけどな、それでも大事にしてたんだ。

 人間はそれすら奪ったんだな、って事実を見て、覚悟が決まったんだ」

『理解した』



豚人間オーク』が件の首飾りを丁寧に男の首から外す。

ジョンのもとへと戻ると、それを恭しくジョンに掲げ、ジョンはそれを受け取った。



「俺は、……私は、もう迷わない」



それは宣言のようで、自分自身への言葉でもあったのだろう。



「私はもう人間じゃあない。

 ……人間のジョンではなく、このダンジョンの『コア』と名乗る。

 一人でも多くの人間を殺し、魔王を、生み出す」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る