銅、羽、旅立ち

 館の書斎を塞ぐドアをゆっくりと開き、室内へ入っていく。

 僕らが来る前から長く掃除されていなかったのもあって、室内で踊るホコリが窓からこぼれる光によく映える。


 高価そうなソファに座って本を読んでいた先生が、僕を見遣みやる。


「先生」

「来たなマジロ君、コレを見てくれたまえ」


 ドサッと机に置かれたのは…


「アルバム?」

「マスターのアルバムのようだ、偶然発見したんだがみたまえ幼少のマスターの顔を。現在のマスターの瞳から滲み出る欲望の光を全く感じない。純粋とはこのような瞳につけられた言葉なのだと


 このへんでマスターのげんこつが先生に直撃した。


「いたんですかマスター」

「ヤマガミに呼ばれてな。それで?人をなじる為に呼んだのか?」

「いや今のはジョーク…軽い冗談ですとも…」



「マジロ君、あのストーカーを乗せて逃げた鳥を覚えているかね?」

「あのデカくて速いキラキラした鳥ですか」

「そうあの鳥、特徴的なキラキラが記憶に引っかかっててね。で、思い出したんだよ。あの鳥は『アリカント』と呼ばれる怪鳥だ」

「アリカント…聞いたことすらない鳥だが……」

「それは良いことを聞きました。この世界には存在しない鳥なのかもしれませんな」

「僕らの世界には存在する鳥なんですか?」

「伝承の中だけだがね。チリの山間部に住むと言われる夜行性のこの鳥は、金属を食べるのだという。」

「金属を?」

「そう、そして食べた金属をその体毛の表面に浮かせる。あの時、あの鳥の毛は……」

「赤茶色と、青みがかった緑色……」

赤銅しゃくどう色と、緑青ろくしょう色。銅のサビの色だね」

「銅を食べていた、ってことですか」

「ほぼ銅だけを、ね。それで……」


 机の上のアルバムをどけて、地図を拡げ説明が始まる。


「我々がいるのは交易都市ブニア、大陸のほぼ真西の端。このあたりは鉱山地帯になっていて、各所に鉱山がある。……しかし、ほぼ銅だけを体毛に浮かせるほどの質のいい銅鉱山となると……」

「ここから南、国境を越えた先にある鉱山、『銅天国カッパーヘイヴン』だな」

「その山を含む近隣の鉱山から出た鉱石を冶金やきん(鉱石から金属あるいは合金を作ること)する為に作られた都市が」

「『鉱山都市 ラウホステイン』!」


「そこにヤツストーカーが!?」

「腕が壊死する前に補血しなければならない事を考えてもそう遠くへは行ってないだろうし、そういう治療は仲間内でこっそり行いたいだろう。ということを考えてもココじゃないかな」

「ミスリードを誘うためにあの鳥を使った可能性は無いのか?」

「もしこの世界に存在する鳥ならソレもあり得たかもですが、そうでない以上心配しなくてもいいのではないかと」

「僕らも知らない生き物だろうとタカをくくってあの鳥を出したんでしょうけど、『悪魔先生』がいることを知らなかったのが運のツキ、ですね!」

「ま、そういうコトだね!」ドヤァ




「さっそく行きましょう!」

「と、言えれば良かったんだけどね。まずはお伺いを立ててみないと」

「伺い?あっ……」


 そこでやっと先生がマスターを呼んだ理由に気が付いた。

 恐る恐る彼女の顔を見る。


「ずぶぬれの子犬のような目でこちらを見るなマジロ、嗜虐しぎゃく心が煽られる」


 怖い事平気で言うよこの人。


「どうせダメと言ってもこっそり抜け出すだろうし、アタシも同行するよりあるまい」

「いいんですか!?いや外出許可ではなく同行の方が」

「お前らからはまだまだ知識を絞り取りきってないからな、になる前に死なれるわけにはいかん。生かさず殺さずだ」

「まるで悪代官だねえ」

「ホラ、そうと決まったらさっさと出国手続きしに行くぞ!役所の申請と排便は早い方がいい!」

「は、はいぃ!」



 そんなわけで急遽館を出ることになりました。

 やっとこちらから行動を起こせる事実に色めきだつ僕。


「目標ができて良かったねマジロ君。自由は、それ自体は素晴らしいものだが、目標無き自由というのは不安でしかない。NEET就労意志無き者だって、SNSを荒らしたりネットゲームで対戦相手にマウントを取るという目標を欲するものなのだよ。彼らに恥は無いのか!!得ろ!!!恥を!!!!」

「急にキレないでくださいよ怖いから……」

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