買い物、不審者、マジ激昂

 ブニアの街の裏通りには作業着の専門店があります。

 マスターはそこで物色している最中。

 僕らは当然荷物持ちです。

 食料品だのマフラーだのフラスコだの。


「うーん、こっちの黄色のがいいかな……薄水色のも捨てがたいな」

「私達以外に見る人がいない作業着の色を気にするのかね?」

「見えないオシャレにも気を遣うんだよアタシは」

「見えないオシャレってこういうのの事を言うんでしたっけ……?」

「さあ」

「よし、コレにしよう。あとは耐酸フルフェイスマスクの予備と……」

「まだ買うんですか」

「以前、お前たちのおかげで申請できた『ふかふかパン製造法』で、大手パン工場とライセンス契約できてな、懐が温かくて仕方ないんだ」

「収益の一部をこの恵まれない老人と貧相な青年にもぉ」

「貧相で悪かったですね!」

「わかってるわかってる、そういう約束だったしな。何割かは給料に上乗せしておくから期待しとけ」

「8割ほど頂ければそれで充分ですのでよろしくお願いします~」

「謙虚さに対して欲が深すぎる……」



 マスターが店の奥へ行ったのを確認して、僕は先生にヒソヒソと話しかける。


「先生気づいてましたか?さっきから僕ら、ストーキング尾行されてるみたいですよ」

ストリーキング全裸徘徊?暖かくなると変なのがでてくるのは異世界でも変わらんね」

「ス・ト・ー・キ・ン・グ!」

「わかってるって冗談だよマジロ君、気づいていたさ」


 店の入り口前に置いてある姿見すがたみ越しにストーカーを確認する。


 陽気が降り注ぐ時期だというのに黒い帽子に黒くて長いコート、黒いズボンで全身黒づくめ。

 おまけに黒い布で顔を覆っていて、そのせいか息が荒い。

 変質者ですって看板背負っているのと変わらないですよアレは。


「だいたいストーキングの基礎ができてないんだ彼は、視線はこちらを向きすぎているし、歩くスピードとタイミングはこちらに合わせすぎているし、作業着売り場なんて場所で長時間足を止める理由もあるまい。尾行は複数人で衣服を着替えながら、尾行してる人間の記憶に残らないように配慮して行うべきで……」

「なんかやたら詳しいですけど先生は尾行の経験あるんですか?」

「人のプライべートに首を突っ込むものではないよマジロ君」

「ヤですよプライベートでストーキングする人なんて!」




 二手に分かれて僕らも店の奥に入ると、ストーカーも動き出す。

 僕の方を尾行するようだ。

 しかしそれを確認して、先生がスッと近づきガッとストーカーの腕をつかむ。


「えっ…なっ…あっ……」


 弱弱しいストーカーの声が漏れ、困惑しているのがわかる。


「何の用だね?」


 先生が『圧』のかかった声で問う。


「顔を隠して、周囲に溶け込む演技もしたのに、なんで……」


 どうやら相手的にはちゃんと尾行していたつもりだったらしい。

 でも顔を隠すのは逆効果じゃないかなあ。


「くっ!」


 ストーカーがコートから腕を引き抜き、先生の手から離れた。

 僕は逃すまいと、通り道を塞ぐように立ちはだかる。


「また変なのが来たな、騒ぎに事欠かなくていいねえ」


 皮肉めいた口調のマスターが、いつの間にか通り道の反対側に立っていた。


 ――――――――――――

 〇     ●      〇


 〇

 ――――――――――――


 図にするとこんなカンジだろうか。

 簡単には逃げ出せないだろう。




 ストーカーは顔を覆っていた布を剥ぎ、強く呼吸する。

 痩せこけた顔のせいか、目玉がぎょろりと大きく見える男。

 その目玉がウルウルと輝き、ポロポロと涙が滴る。


 男が懐からナイフを取り出す。

 それを見て僕らは戦闘態勢をとる。


 が。


「マイゴォォォォォッド!!!!!」


 そう言って男は泣きながら自分の左腕を何度も何度も刺す。

 どんどん血が吹きでる。


 その様子を見て先生が慌てて止めようとする。


「お、落ち着きたまえ!命を捨てて謝罪するなど無益だぞ!」


 近づいた先生を、ストーカーはその大きな目でギロリと睨む。


「ち、違う……!謝罪するのは……謝るのは……!」

「お前らの方だあああああああああああああ!!!!!」


 突然、床にこぼれていた血が跳ね、形を作る。

 そしてその血が、先生の脇腹に『噛みついた』。

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