新説、スペースクラフトから始まる人類創生の物語

 雨の情景から始まる魂の4000字企画 BEST 5

 冒頭、天空からの俯瞰、灰銀色のビロードを思わせる水滴の柱が地上へと舞い降りていくシーンから始まる物語。
 それは雨の景色。慈愛に満ちたモノトーンの世界。
 けれど雨雲が去ると地上にはたちまち神々しく鮮やかな色彩が広がっていく。
 蒼天、琥珀、翡翠。
 雨上がりの空と大地、そして織りなす植生の色をそのように表現することでそこに宝石のような輝きと彩りの印象を読み手に鮮明に与え、かつ抗いがたく物語に引き込んでいく。その巧妙で繊細な情景描写は秀逸だ。

 未来的な設備の中にいながらその原始の風景をホログラムを介して眺める主人公の少女イヴ。
 そしてイヴのそばに侍る愛らしいが少々奇妙な格好をしたぬいぐるみのアダム。
 読み手はその名前から創世記の物語を思い浮かべるが、けれど作中に出てくる彼らとの乖離に戸惑い、そしてその謎自体がさらに物語の吸引力として働いている。

 狭く孤独な空間に閉じ込められたイヴにとってアダムは唯一の他者であり、唯一の理解者であった。
 けれど両者の間にあったのは果たして愛と呼べるものであったのかどうか。
 それでもイヴはその境遇に満足していた。
 アダムはイヴにとってかけがえのない唯一無二の存在。
 しかしある日突然に引き剥がされるようにその別れはやってくる。
 そしてラスト、哀しみに暮れるイヴの前に現れたのは……。

 これは美しくも斬新な人類創生の新説であり、また神の存在を遠い宇宙の彼方に求めた独創的なSFでもある。

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