第47話 酷い人でした


 つまらないなぁ……。


 入学式から早5ヶ月。2学期が始まって今日で2週間。午前の日程を終えて迎えた昼休み、私は自分の席で昼食をとっていた。


「杏、今日の放課後遊びに行かない?」


 私を誘うの女子生徒は入学時に意気投合した友人である新谷あらや。夏休みを一緒に過ごした時間が長いのも彼女だ。今もこうして、同じ机で昼休みを一緒に過ごすのは当たり前となっている。


「うん! いいよ!」


「やった! じゃあ前から気になってた、あの店行ってみようね!」


「いいね〜!」


 他愛の無い会話をしながら、食べ飽きた冷凍食品を口に運ぶ。ふと窓の方を見ると、貴方はいつものように親友と昼食をとっている。


 私の幼馴染である、時庭豊。物心つく前から一緒で、何をするにも私の側には彼がいた。


 でも、中学時代の最後の方からは私が話しても素っ気無くなって、あなたは私を避けているような気がした。わかっていたよ? 何か理由があるのだろうけど、それを聞いてしまったら、本当に貴方との関係が終わってしまいそうで聞けなかった。


「ねぇ、杏。聞いてるの?」


「え? あっごめんごめん! なに?」


「今日も呼び出されているんでしょ? 今日は、3年生の犬井先輩だっけ? それでそれで? 今回はどう返事するの?」


「まだ告白されるって決まったわけじゃないけど……NOだよ。全然知らない人だし」


 高校に入ってからというものの、私は人並み以上に異性から注目されるようになった。今日だって呼び出されているし、恐らく告白されるのだと思うけど、首を縦に振るつもりは無い。


 ——でも、もし私が誰かと付き合ったら……豊、どう思うのかな?


 止まっていた箸を動かし、再び昼食を口に運んでいると、教室の入り口から女子生徒が豊を呼びながら、中に入ってきた。

  

「あっいたいた! 時庭くーん!」


 小走りで私達の横を通り過ぎ、楽しそうに豊に話しかける女子生徒を見て、胸のあたりがモヤモヤする。


「あの子、最近よく来てるよね? 毎回、時庭目当てだし……ありゃ完全に恋する乙女の目だわ」


 新谷の言葉に胸のモヤモヤが更に強くなって、あの2人から目を離せない。特に彼女に話しかけられている豊の笑顔――私にその笑顔を最後に見せてくれたのは、いつだっけ?


 いてもたってもいられず、弁当の中身を残したまま蓋を閉じてランチクロスで包むと、席を立って豊の元へ向かう。


「ちょっと杏!? どうしたの?」


「ごめん、ちょっと行ってくるね」


 新谷にそう告げ、いまだに女子生徒と話している豊の目の前に立つ。少し驚いた様子で私を見ては、一瞬で目を逸した彼に私は声をかける。


「豊……あのね……」


「どうした?」


 何も考えていなかったから、特に話題は無い。


 ただ、話したかった……いや、構ってほしいの。でも、今は自分の行いを後悔している。だって貴方は私を視界に入れないようにしてるの、バレバレだから。


 胸の奥がズキズキと痛むのを堪えつつ、なんとか話題を絞り出す。


「私、豊が作ったべっこう飴食べたいな」


「え? どうしていきなりそんなこと言うんだ?」


 確かに私、いきなり何を言ってるんだろう? 


 隣にいる豊目当ての女子生徒も「何言ってんのコイツ?」と言わんばかりの視線を私に飛ばしている。それに彼女が豊に対して本当に恋心を抱いているのなら、今の私は邪魔者に違いない。


「やっぱりなんでもない! ごめんね!」


 限界を感じて、振り返り自分の席に戻る。豊は私を呼び止めてくれない。


 席には心配そうな目で私を見つめる新谷が待っていた。


「どうしたの杏? 大丈夫?」


「……大丈夫! ちょっとお手洗い行ってくるね!」


 しかし、教室を出た私が向かったのは化粧室ではなかった。生徒玄関で外履きに履き替えて外へ出て、適当な芝生に座り込む。


 少し、1人になりたかった。


 豊、私のこと嫌いなのかな? 前は私が話しかけたら笑顔で答えてくれたし、甘えても、渋々だけど受け入れてくれたのに、今じゃ目も合わせてくれない。でも、そうなっても仕方ない。あなたにどんなに嫌われようと、例え文句を言う資格なんて、私には無いのだから。


「……でも……辛いものは辛いよ」


 思わず心の声が口から漏れてしまう。誰かに聞かれていないか周りを見渡すと、1組の男女が仲良く昼食をとっている光景が目に入る。私はその男女の姿に、つい自分と豊を重ねてしまった。


 もしかしたら、豊とああやって2人でお昼ご飯食べることもできたのかな? それに一緒に学校来ることだって、近くまで迫った文化祭だって……。


 一度始まった「もしも」は止まらない。一緒の高校に進学するとわかった時はあんなに嬉しかったのに。


 ――貴方が私の1番近くにいてくれないだけで、こんなにつまらないんだね。


「……どうして? どうしてなの?」


 再び心の声を音にすると、視界が少し滲む。これ以上溢れないように、必死に堪えていると昼休みの終わりを告げる鐘が鳴り、私は急いで教室に

戻った。

 

 午後の授業を終え、放課後を迎える。新谷と約束していた店へ行く前に、元々の予定である3年生の犬井という先輩に呼び出された場所に到着すると、そこには制服を着崩し、奇抜な髪形に耳には大きなピアスをつけた、いかにも素行の悪そうな男子生徒が待っていた。


「すいません、お待たせしました犬井先輩」


「あぁ〜大丈夫大丈夫。それにしてもやっぱり可愛いね、杏ちゃん」


 この人と話すのは今日が初めて。見た目といい、話し方といい、舐め回すような視線といい、私の苦手なタイプ。


「あ、ありがとうございます。それで、私が呼び出された理由を伺っても?」


「そんなこと言っちゃって〜! わかってるでしょ? 俺の女になってよ」


 やっぱり。でも、こんな人と付き合うつもりなんて毛頭無い。さっさと断って新谷が待つ集合場所に行かなきゃ。


「……ごめんなさい」


 そう言うと、犬井の表情が変わった。


「なんで? いま付き合ってる奴とかいんの?」


「いえ、それはいませんけど」


「ならいいじゃん。なんで断んの?」


 自分の思い通りにことが進まなかったのが気に食わないのか、犬井は明らかに苛立ちを見せている。


「正直に言うと、タイプじゃありません。あなたみたいな人、苦手なんです」


「……は? お前何様のつもり? お前のタイプなんて関係ないし。それともなに? 俺に恥かかせたいの?」


 なんなのこの人? 支離滅裂なんだけど……こんな自分勝手な人、現実に存在するんだ。漫画やドラマの中だけかと思ってた。


「嫌なものは嫌なんです。ごめんなさい、失礼します!」


 頭を下げると、犬井の表情は怒りで歪んでいた。恐怖すら感じた私はこの場から去ろうと、彼に背を向けてそそくさと逃げるように走り出した。


 教室に戻った私は置いていた鞄を持ち、待たせている新谷の元へ急ごうと駆け足で教室を出ようとする。しかし私が鞄を取るこの30秒にも満たない時間で、数名の男子生徒が出口を塞いでいた。


「な、なんですか?」


 私の質問に答えず、男子生徒達はへらへら笑っている。数は4人、その中には犬井の姿があった。


「そんなに急いでどこ行くのさ? 杏ちゃん?」


「犬井先輩……? まだ何か用でも……痛っ!」


 突如犬井に爪が食い込む程、強い力で腕を掴まれた。


「痛い! 離して!」


 掴まれる手を振り解こうとするが、女の私が男の力に勝てるわけない。それでも暴れ続ける私に苛立ったのか、犬井は舌打ちをすると、「パァン」私の頬を強く叩く音が教室に響く。


「きゃっ!」


「……うるさいんだよ。俺に恥をかかせたお前が悪いんだからな? せっかく人が下手にでてりゃ調子乗りやがって……だから、償えよ?」


 恐怖で何も言えない私に犬井は詰め寄りながら、他の男子生徒に呼びかける。


「おい、誰も来ないように見張ってろ。もし近づいてくる奴がいたら、手荒でもいいから追い払え」


 1人の男子生徒がニヤついて答えた。


「わかってますよ犬井さん。でも、あとで俺達にもお願いしますね?」


「あぁ、わかってるよ」


 今の会話で確信した。これから私には想像もしたくない、酷い未来が待っているのだと――。

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