第7話 宰相視点

「終わりだ……終わりだ終わりだ終わりだ……!」


必死で馬車を走らせる。


こうなったら、正妃様の怒りを鎮められるのはマリーだけ。


正妃様の扱いの酷さを知ったのはマリーが解雇されてからだった。マリーが娘に伝えた話を聞き、血の気が引いた。ずっと離宮に篭っていると言う国王陛下のお言葉を信用するべきではなかった。まさか、育児を正妃様に押し付けていたとは。マリーはずっと見張られていたそうだ。解雇され、次の仕事を探すふりをして娘を訪ねて全てを話してくれた。


マリーを手配したのは私だ。彼女は優秀で、娘の乳母もしてくれた。次の仕事先を探そうとしていたので側妃様の乳母になってもらった。


言い訳になるが、私は何人も乳母を付けようとしたのだ。だが、世の母親は一人で子を育てるのだから一人で良い。余計な金を使うなと国王陛下に命令されてしまった。


世の母親は、一人で子育てしている者ばかりではない。夫や親、友人や近所の者など多くの手助けを得てようやく子育てができる。ずっと一人で子を育てると、身体や心を壊してしまう者も多いと伝えると、では他にも乳母を手配しよう。心配するな。あとは任せろと仰ったので安心していた。


まさか……正妃様を乳母扱いなさっているとは思わなかった。


私はマリーから話を聞いてすぐに、陛下に進言した。正妃様に子育てを押しつけるなんて、バレたら戦争になると訴えた。だが、あの女は私の言いなりだと国王陛下は笑うばかり。その時初めて、初夜をしていないと知った。子が生まれないのだから側妃も仕方ない、正妃様が不安定になるからお披露目はしないと国王陛下が仰った時、正妃様に会いに行けば良かった……!


夫婦の事は陛下に任せて、政治をしていれば良いと思った私の罪だ。側妃様は、結婚式の翌日には正妃様の部屋に住んでいたと知り、絶望した。使用人達は、側妃様を正妃様だと思っていた者達も多い。正妃様が連れて来た侍女達は、いつの間にか解雇されていた。


国王陛下の所業が酷すぎて、国を捨てる事も考えた。でも私は宰相だ。国を守る義務と責任がある。


正妃様がおとなしいのをいいことに、陛下の愚行を知ろうともせず、正妃様には子がいないのだから、ビオレッタ様を正妃様の子と偽るのは正妃様の為だと……そんな愚かな事を考えた私は処刑されてもおかしくない。覚悟はした。だが、どうせ死ぬなら国の為に死にたい。


改めて陛下の愚行を数えると、気を失いそうになる。


初夜もせず、結婚式の後すぐ側妃を迎え、更に側妃の子の世話を正妃様に押しつける。乳母は一人だけ。側妃様は自分の子なのに、産んだら興味がなくなったのか顔すら見ない。死んだら死んだで、正妃様を処刑出来ると言う国王陛下は、わざとマリーを解雇したのだろう。


陛下は、何も分かっておられない。正妃様を処刑したら、正妃様の国は間違いなく攻めてくる。正妃様の姉上は帝国の王妃様。他にも、さまざまな国の王妃様が正妃様の姉上だ。どれだけの国が攻めてくるか、数えるだけで恐ろしい。


急な病でご両親が亡くなられ、若くして即位した国王陛下は文化や芸術はお好きだったが政治に興味がなかった。政治に興味のない国王の方がやりやすいと、放置した私の罪だ。


正妃様が反撃を開始されたきっかけは、おそらくビオレッタ様。母は強しと言うからな。あのような環境はビオレッタ様の為にならない。そうお考えになったのだろう。怯えた令嬢達を呼び寄せた優雅で冷たい笑み。他国の王族達と親そうに話す堂々とした態度。穏やかに、的確に相手の急所を刺す会話術。今まで我々が見ていた正妃様とは全く違う。恐ろしさすら感じた。


ええい! 後悔しても遅い!


今はとにかく、マリーを連れて行って正妃様の機嫌を取らないと! 正妃様は、唯一信頼できるのがマリーだと仰った。その言葉の本当の意味を他国に知られたら、おしまいだ。


「マリー……! マリーはいるか?!」


「宰相様?」


マリーの部屋は、空っぽになっていた。マリーは鞄一つで、家を出る準備をしていた。


「マリー……! どこへ行くつもりだったのだ?」


「側妃様が、わたくしが国にいるとビオレッタ様の為にならないから出て行けと……本当は嫌だったのですが、王妃様にご迷惑をかけたくなくて……!」


何をしているんだあの人は!


怒りが込み上げたがゆっくりしている暇はない。


「正妃様がマリーをお呼びだ。おそらく、マリーはビオレッタ様と共に正妃様の国に行く事になる。……私が、なんとしてもそうする。だから頼む! 正妃様と、ビオレッタ様に付いて行ってくれ!」


マリーは、泣きながら頷いた。


間に合って、良かった。


マリーは、我が国の国民。私にも恩を感じてくれている。マリーが正妃様の暴走を止めてくれるだろう。


……私の考えが甘かったと知るのは、三十分後の事だった。

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