第14話 素敵な時間

駄目ニートを親友に任せて、凛は響との待ち合わせ場所に向かう。

 向かいながら、休みに彩香以外と会ったり出掛けるなんて初めてだよねと、クラスメートから誘われる事はあったのだが、灯の事があって、何かと理由をつけては断っていた。

 

今回は、彩香が灯の面倒を見てくれるし、彩香から、りんりんだって女の子なんだから、女子高生なんだし、デート位しないとねと言われてしまった。

 デートと言う単語が、妙に恥ずかしい。

 デートなんて、多分一生自分には縁の無い行為だと思っていた。

 あの駄目ニートが、外に出られる様になって、灯の世話から解放される日が来るなんて、正直想像がつかなかった。

 将来は、祖父母の会社を継ぐ。

 その役目は、本来は姉の灯の役目だった。凛は、そんな灯の補佐をするとばかり思っていた。

 今は、母親が実質的には社長である。一葉は、本来なら家庭に入ってと考えていた様だが、何分父親の能力では、会社を守れないと見抜いていたのか、昼間は会社に行く事も多いし、リモートで仕事をこなしている事も、凛はわかっていた。

 だから、そんな母親に会社は私が継ぐからと言ったのは、確か中学生の時だったと記憶している。


まさか、この私がデート的な事を経験出来るなんてと、相手が親友の母親じゃなければ、相手が男子なら周りからはデートと思われるのだろうが、相手は女性であり、周りからはきっと母娘と見られるよねと考えて、その考えを取り消す。

 響さんって、かなり若く見えるから母娘ではなくて、きっと姉妹に見られるよねと、凛はデートと言う言葉が、妙に恥ずかしくて、待ち合わせ場所に向かいながら、これは親友のお母さんとのお買い物だと自分に言い聞かせる。

 そうしないと、恥ずかしさと緊張で街中であぅーーー! とか変な奇声を発してしまいそうで、昨日は殆ど寝られなかった位に緊張していた。


待ち合わせ場所に着くと、おかしくないかな? と手鏡を出すと、髪型をチェックする。

 いつも通りのポニーテールなのだが、前髪を指で直したり、今日の服装はおかしくないかな? とか彩香と出掛ける時には、全く気にしないのに、今日は気になってしまって仕方ない。

 梅雨時期と言う事もあって、ジメジメした空気で軽く汗が滲んでくる。

 日中は暑くても、夕方以降は少し肌寒いので長袖にしたのが間違いだったかと、汗ばんで張り付く下着が気持ち悪いなと、そんな事を考えていたら「またせた? 遅刻したかな? 」と柔らかくも安心してしまう声色に、声のした方を見ると、いつも通りの優しい微笑みを讃えた響がいた。

「全然待ってませんし、まだ時間早いですし」

 どうして? どうして私は響さんを見るとこんなにも緊張してしまうのだろうか?

 彩香にも灯にも、クラスメートにも、こんな緊張した事なんてないのに、響さんを見ると響さんの声を聞くと、心が温かくなってドキドキして、身体の中から熱いものが湧き出してくる。そんな不思議な感覚に、いつも襲われてしまう。

 襲われてしまうが、それは嫌なものではなくて、とても心地良いもので、凛は何故かはわからないけれど、この感覚が好きだった。


今日と明日は宜しくねと言われて、今日と明日? ってどう言う意味ですか? と不思議そうな顔で響を見ると「あれ? 彩香から聞いてないの? 」と全くあの馬鹿娘は大事な事を言い忘れてと、響はそっと凛の手を握ると説明してくれた。

 手を握られて、ひゃうっ! と変な奇声を発してしまった。

「そんなに緊張しないでね。それで、今日はお泊まりだから、彩香は灯ちゃんと、凛ちゃんは私とね」

 と眩しすぎる笑顔で言われてしまった。

 お、お泊まりって? 何も聞いていませんけれどと凛は、ママに言ってないですと、そこ! と軽くツッコミたくなる言葉を発するので、響はお母さんの事なら大丈夫と、ちゃんと許可は得てるからと、いつの間に許可をと言うか、どうしてママの連絡先を知ってるの? と言う発言をする。

 そんな凛の疑問に、響はあっさりとこの前ご挨拶したからと、凛達が学校の間に実はお宅にお邪魔して彩香がお世話になってますと、あと凛ちゃん可愛いですねと、一葉に挨拶がてら凛ちゃんと付き合っていいですか? と承諾を得に言っていたのだ。

 この事は、響と一葉だけの秘密であるので、凛には伝えない。

 もう一つ、凛には内緒で灯の事で悩んだら相談してくださいねとも話している。


響の話を聞いて、なんと言う行動力。さすがは大人だと、変な所で得心してしまう。

「お泊まりだからって、別に変な事しないから、凛ちゃんがして欲しいなら、朝まで寝かせないけどね」

 朝まで寝かせないと言う言葉で、凛は軽くパニックになって、お願いしますとか訳のわからない事を言ってしまってから、思いきり後悔して顔を真っ赤にして俯いてしまう。

 凛ちゃんは、やっぱり可愛いねと響は嫌がる事も無理矢理も嫌いだから、心配しないでデートを楽しみましょうねと言うので、やっぱりこれはデートなんだと、凛の心臓はドキドキと大きな音を立てる。響に聞こえる位に大きな音で、凛は気付かれてないよね? と響を見ると響と目が合ってしまった。

「どうしたの? そう言えば凛ちゃんは、デートはした事あるの? 」

「ないです。正直一生縁がないと思ってました」

 恋愛も、ましてやデートなんて自分とは無関係な行為だと、キスやエッチにだって興味はあるけれど、不器用な自分は恋愛なんてしたら、きっとお姉ちゃんそっちのけで、恋人ばかりを見てしまう気がして、だから恋愛には興味のない人間だと自分に言い聞かせては、暗示を掛けようとした。

 掛けようとしたけれど、そんな都合のいい暗示なんて掛かるはずもなくて、少女漫画を恋愛小説を読む度に、いつか私も素敵な恋愛がしたいと、でもその気持ちを胸の奥に仕舞い込んで、周りには私、恋愛なんて興味のない女の子ですよと演じていた。

「なら、私とが初デートだね」

 そうですねと答えていいのかわからない。デートとは恋人同士がするもので、自分と響さんは恋人同士ではない。

 でも、違いますとは、ただのお買い物ですからとも言えない。

 言えないのではなくて、言いたくなかった。否定してしまったら、響さんが悲しむと、でも上手く言葉が紡がれずに、凛は軽く頷くのが精一杯で、そんな凛の気持ちに気付いていた響は、やっぱり初デートは、こんなおばさんじゃなくて同い年位が良かったかな? と意地の悪い事を言って凛を困らせていたのは、ご愛嬌である。


響から、おばさんと手を繋ぐの嫌じゃない? とか言われるが、凛はその度に大丈夫ですとだけ答えると、すぐに響から目を逸らしてしまうので、響は凛ちゃんの困った顔可愛いなと、でも本当に嫌じゃないか確認したいと、自分に気を使ってるのなら凛にとって辛い時間になってしまう。

 そんな事になっては本末転倒である。

 凛に興味がある。凛と恋仲になりたい。

 二十歳も歳が離れているのに、娘の同級生だとわかってはいるけれど、凛を初めて見た時から気になっていた。

 笑顔なのに、影があって辛い事がある筈なのに、辛いと言わない。

 そんな凛の事が気になっていた。最初は相談に乗ってあげたいだった。

 それが気付いたら凛に恋をしている自分がいた。年齢的に考えても、娘の親友だと言う時点でアウトなのもわかってはいた。

 でも彩香はいいんじゃないと、私じゃりんりんの力になる限界あるし、お母さんなら力になれるよと反対されると思っていたのに、逆に応援されてしまった。

 私は凛ちゃんの力になると決めた。だから、凛ちゃんをもっと知りたい。

「嫌なら嫌って言ってね」

 少し悲しそうな瞳で、軽く涙目で凛を見つめる。勿論これも響さんの戦略である。

 大人のしたたかさで攻めつつ、凛の本心を探りたいと、年甲斐もなく可愛らしく攻めてみました。

「嫌じゃないでふ! 響しゃんがいいれす! 」

 緊張と、響の涙目に凛は自分が響さんに悲しい思いをさせたと、焦りから既に呂律が回ってすらいなかった。

「れすって、ありがとう凛ちゃん。大好きだよ」

「はぅあ! 私も大好きです。その、素敵な女性ですから」

 凛の大好きが恋愛の大好きになっていないのはわかったが、それでも凛が自分を大好きと言ってくれた事が嬉しかった。

 こんな素敵な時間が、この先もずっとずっと続いてくれたらいいなと、響はありがとうと凛の頬にキスをすると、凛は真っ赤な顔をして固まってしまったので、ちょっと早かったかな? と響は凛を抱きしめると、本当に大好きだよと囁いた。


凛が復活をしたので、デート再開である。

 響のエスコートで、洋服屋さん巡りである。

 そして、何故かランジェリーショップにて響の為だけに、ファッションショーを開催している状況に、凛は恥ずかしさから股をもじもじさせながら、まだですか? と半泣きである。

「凛ちゃん可愛い! 彩香じゃこうはいかないし」

 あの娘、ぺったんこだからねと、お母さん酷いと思いますよと言う発言をしながらも、響は凛を見つめながら、ここがお店じゃなかったら正直襲ってしまいたいと、そんな不埒な事を考えていた。

 いや、私だって大人の女性ですからねと、そう言う事は普通に考えますよと、響は誰にともなく心で説明すると、再び凛の為の下着を選び始める。

 ブラを嬉しそうに選ぶ響を見て、凛は既に諦めて、試着室から顔だけを出して響を見ながら、もし彩香と出会わなかったら、響が彩香のママじゃなかったら、そして響が女性を好きな女性じゃなかったら、きっとこんな楽しくて素敵な時間はなかったんだと思うと、多少と言うかかなり強引な部分はあるが、今日響と過ごせている事が幸せだった。


結局、可愛らしい下着を響が買ってくれた。

「いいんですか? 結構高かったと思いますけど」

 普段は、どうせ体育の着替えで同級生に見られるだけだからと、安売りしている下着しか買った事のない凛にとって、セットで一万円を超えるブラを二着も購入して貰って、申し訳ない気持ちになってしまう。

 家は裕福だが、お小遣いは普通の高校生と大差ない金額である。

 そんな凛にとって、二着で二万円を超える下着なんて、勿体無くて身に付けられる気がしない。

「ホテルで着けてね」

 …………ホテルって言いました?

 ホテルで着けるって事は、やっぱり大人の階段を昇ると言う事でしょうか?

 そんな妄想から、顔を真っ赤にして狼狽える凛を見て、凛ちゃん若いなと、でも可愛いからもう少し見たいなと、響は勝負下着にしてねと、でも見せるのは私だけにしてね♪と可愛らしく言って、更に狼狽える凛を見て、悦に入っていた。


 

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