第20話 所詮占いだよ
「いやあ、あまりにも人が来ないもんでさ。困っていたところだったんだよ」
助かった助かった、と言いながら、占い師を名乗る女がどっかりと奥の椅子に座る。
吐息から、わずかにアルコールの香りがする。酒好きな人物なのだろう。
……というか、このにおいといい声といい、ある人物を思い出すのだが気のせいだろうか。
「……」
金魚すくい屋の前で急に声をかけられ、連れてこられたのは会場の隅の方にある小さな出店。怪しさ満点の誘い文句ではあったが、間の悪いことにちょうど金魚乱獲を終えた千春が「面白そう!」と参加を表明してしまったのだ。
カーテンのように布が垂れさがる入り口をくぐると、これまた怪しげな照明と香のにおい。よく言えば「雰囲気がある」となるのだろうが、
女が腰かけた椅子とこちら側との間には長机があり、何やら古そうな品が並んでいる。
「ああ、安心してね? ちゃんと出店の許可は取ってあるから。さすがに、客観的に見て胡散臭いことくらい自覚してるよ」
笑いながらそう言った女は、手のひらを前に出して、椅子を指し示した。座れ、ということらしい。
ここまで来て何もしないのもなんなので、とりあえずおとなしく着席する。
「……で」
女は、長机に肘を置き、指を組んで顎を乗せた。そのまま、少しの間をおいてからおもむろに口を開く。
「——何してんの? 後輩くん」
「あんたこそ何してんですか宗像さん」
牙人がジト目で見つめると、占い師は顔にかかった布を邪魔そうに剥ぎ取った。その下から現れたのは案の定、宗像明日香の顔。
「いやあ、びっくりしたよ。親戚が出店をやるっていうから手伝いに来たら、肝心の本人が体調崩してこられないっていうからさ。お客さん全然来なくて歩き回ってたら、なんと両手に花の後輩くんがいるじゃないか!」
「両手に花て」
「後輩くんも隅に置けないなあ。この前はあたしの体を求めてきたというのに。あたしのことは遊びだったのね……」
「誤解を生む発言するのやめてもらっていいですか?」
確かにそんな発言をしたような気がしないでもないが、この場でそれを言われるのはまずい。
「体……?」
「寺崎、冗談だからな?」
「わ、わかっている」
栞は、少し詰まりながら目を逸らした。
「なになに~? 知り合い?」
「ああ。こちらただのバイト先の先輩の宗像明日香さん。酒に憑りつかれたかわいそうな人だ」
「なんかひどくない!?」
千春から投げかけられた疑問に、仏頂面で答える。明日香が何やら抗議してきているが、明後日の方向を向いて華麗にスルー。
少し面倒くさい展開になってしまった気がするものの、起こってしまったことは仕方がない。とりあえず、いい感じに流してさっさと帰りたいところだ。
「はじめまして。狼谷の同僚の寺崎栞です。こっちは泉千春です」
「よろしくー!」
「はーいよろしく。……っと、自己紹介も済んだところで、本題に戻ろうか」
わざとらしく咳払いをして、明日香が深く座りなおす。
机の下に手を突っ込み、しばらくガサゴソと漁った後に取り出したのは、カードの束。
「タロット占いってやつか」
「ご名答。特別に、三人セットで三千円で占ったげるよ」
三本指を立てた明日香に、千春がお札を渡した。まいどあり、と明日香が笑う。
「じゃあ、無難に運勢とそのアドバイスでも占おうか。まずは泉ちゃんからねー」
「どんとこい!」
カードを崩したり、千春に分けさせたり、いろいろと雰囲気の出るカードの混ぜ方をしてから、明日香は二枚のカードを伏せたまま並べた。一呼吸おいてから、順番にカードがめくられる。
「これでよし。こっちが『運勢』、こっちが『アドバイス』を示すカードになってるよ」
「はえー」
そう言われても、何やら奇妙な絵が描いてあるだけで、何を示すものなのか牙人にはさっぱりだ。
「まず、運勢は『太陽』の正位置。エネルギーとか達成を示すカードだね。明るい未来が待ってるみたいだよ」
「おぉ~」
「自然体で堂々とふるまうのが成功につながるから、自分らしさを大切にね」
「イエス、マム!」
「アドバイスは、『ワンドの六』の逆位置か。えーっとこれは……キーワードに自惚れとか油断とかがあるね。自分を過信しすぎないでってところかな」
「はーい、気を付けます!」
小学生のように手を上げて返事をする千春。なぜか両手。何かの威嚇のポーズにしか見えない。
それにしても、思っていたよりも本格的だ。
「じゃあ次に寺崎ちゃん」
「ああ、はい」
再び同じように混ぜてから、明日香が二枚のカードを並べる。
「どれどれ? 運勢が……ありゃ」
一枚目をめくった明日香の手がぴたりと止まり、困ったように眉を下げる。
カードには、雷が落ちる建物の絵が描かれていた。
「……どうしたんですか?」
「えぇっと……これは『塔』っていうカードの正位置なんだけど」
「はあ」
「意味が、危険とか事故とか破滅とか……。要するに、災難が訪れるってことなんだよね」
「え」
フリーズした栞を慰めるように、「ほら! そのためのアドバイスのカードだし!」と二枚目をめくる明日香。
「こっちは『正義』の正位置。公正とかルールを示すカードだよ。うーん、感情的になりすぎない合理的な判断をしよう……って感じ? まあ……うん。頑張ってね?」
「はい……」
少ししょんぼりした栞に、千春が「
明日香は少し苦笑いを浮かべながら、牙人に向き直った。
「最後は後輩くんだね」
「うす」
少し見慣れてきた手つきで、明日香がカードを混ぜて二枚を伏せた。ほどなくしてめくられたカードを覗き込む。
剣が何本も突き立てられた大地の上に、縛られた人物が立っている絵だ。
「『ソードの八』の正位置か。これは……拘束とか停滞を意味するね。自分の本来の力を発揮できないみたいな」
「それは困るなあ」
むしろ、これからどんどん発揮していきたいものだ。なにせ、せっかく新しい職に就くことができたのだから。
続けてめくられた二枚目には、何か乗り物のようなものに乗った男が描かれていた。
「で、アドバイスの方が『戦車』。前進とか強い意志を示すから、なんだろう? 自分の信じる道を突き進めって感じかな」
「信じる道、ね……」
思わず苦笑が漏れる。「信じる道」だなんて、悪の怪人とは無関係にも思える言葉だ。
千春ではないが、まあ、所詮は占いだ。そこまで深く考えることでもないだろう。
「——よし、これで終わり! いやあ、ありがとね。いい暇つぶ……商売だったよ」
「今暇つぶしって言おうとしましたよね?」
牙人のツッコミに、明日香がわざとらしく「あはは」と笑う。
「結構面白かったね!」
「うん、なかなか面白かったな。私の結果はアレだったけど……」
勝手に占い関係に淡白なイメージを持っていたが、栞も意外とそういうのを気にするタイプらしい。
談笑しながら栞と千春に続いて店を出ようとすると、後ろからくいくいと服を引っ張られる。
「で、どっちが本命なの?」
「は?」
素で疑問の声が出た。
「クール美人系の寺崎ちゃんに、元気美少女系の泉ちゃん。うーん、悩ましいところだよねえ……」
「何言ってんですか。そういうんじゃないですよ。ただの同僚です」
「えー、つまんないー」
「俺は宗像さんの娯楽じゃないんですが」
「お姉さんは悩める後輩くんの味方だからね。困ったら相談するんだぞ」
「はいはい」
牙人はにまにまする明日香を適当にあしらって、店の外に出た。
やはり、なんだかめんどくさいことになってしまった。ため息をついて、すっかり暗くなった空を見上げる。
「人狼くーん、何してるのー? まだまだ夜は終わらないよー! わたしは全屋台を制覇する!」
遠くの方でこぶしを握り締めて恐ろしいことを言い出した千春に、「今行くー」と返事をした。
二人に合流したタイミングで、ポケットのスマホが振動する。事務所のグループ。有悟からのメッセージだ。
栞と千春も、各々スマホを手に取る。
『“宵闇”の違法取引の情報が入った。詳細は明日事務所で話す』
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