第1話  フェイ・ヴィルヘルム

木製のベッドにアンティーク調の家具。

先程まで掛けていた布団はピンクのフリルが施された可愛らしい掛布団。

ベッドの上からは太陽の光にキラキラと反射するカーテン。

そして極めつけは……






「おはようございます、お嬢様」




足首までの丈があるプリント地のワンピーススカート、そして白いエプロン。

女性はにこりとほほ笑んでいた。




「お、おはようございます? 」

「今日はお早いお目覚めでしたね。怖い

夢でも見られてしまいましたか? 」




女性はそう言うと、慣れた手つきであおいの前に水が入った桶を差し出した。

あおいは首を少し傾けるが、後ろに控えていたもう一人の女性が白いタオルを広げていた為、ということかと理解した。

朝起きてすぐに洗面所に向かい、顔を洗うようにはしているが流石に人前で顔を洗うのは正直戸惑うし、見られながらなんて気が引ける。




「あの……洗面所教えて頂ければ自分で洗えますので」


出てきた声にあおいは驚いた。

小学生の高学年の時に声変わりをした前の声よりもワントーン高く、間違いなく女性の声だった。

あおいは桶に入った水を覗き込んだ。

目の前に映ったのは彫りが深く、髭が生えた顔ではなくどこか幼さが残った顔立ちに青みがかった肩まで伸びた黒髪。

ターコイズブルーの様なエメラルドグリーンの瞳。


「……誰だこれ」

「フェイお嬢様どうされました? 」


女性達は心配そうな顔をする。


「き、気にしないでください!

とりあえずその水の張った桶はそこに置いておいてください!

あと、申し訳ないですが一人にしてもらっていいですか? 」


女性達は驚いた様にお互いの顔を見合わせ、あおいの言う通り渋々部屋の外へ出ていった。

部屋の中で一人になったあおいはベッドから降りると、アンティーク調の姿鏡の前に立った。


歳は多分中学生くらい。身長は低いのだろう。

床がいつもよりも近い気がする。

肌触りの良いダウンにボタンがついたワンピース。

確か奥さんがよく着ていた寝巻に似ているが、デザインが少し古い気もする。

内装も日本ではない様な洋風仕様で、窓から見える景色はビルなど一つもなく、木々が生い茂っている。

下を見下ろすと、大きな庭に先程の女性達と同じ服装をした者や、燕尾服を着た男性もいる。


あおいは溜息を吐き、もう一度鏡で自分自身をみた。

頬を摘まんでみたが、痛む為夢ではないだろう。

これはよくに言う異世界転生なのでは? という結論が出てきた。

どうしてすぐにその結論に至ったのかは分からないが、多分奥さんの影響が強いのだと思う。

あおいの最愛の彼女(まぁ、もう入籍したので最愛の妻になるのだが)、相澤葉あいざわ ようは極度のオタクだ。

この手の異世界転生、転移、乙女ゲームは彼女の大好物である。


何度か異世界転生系の小説や漫画を薦められ、夜の会話の半数は異世界転生系の話か乙女ゲームの話ばかりだった。

自分ではなく、奥さんがこの状況なら「この展開には覚えがあるよ」とか言って、大喜びになっていたに違いないだろう。

なのにどうして自分なのだろう。

異世界転生っていえば、決まりが大体ある。

でもトラックに轢かれてもないし、電車のホームとかに飛び込んだりなんて絶対しない。

というか、寝室で寝ていただけなのである。

それなら、寝てる間に亡くなってしまって異世界転生したのか。

毎年の健康診断で悪い所はなく、規則正しく生活を送って来たのだが……

まぁ、色々考えていても仕方ないのは事実で、一番はこれからこの少女の姿でどうすればいいかを考えよう。

確か女性が「フェイお嬢様」と言っていたから、きっとフェイという名前の少女なのだろう。

お嬢様と付くし、部屋の内装、自身の服装、外の景色や使用人達は居るのをみると貴族みたいなのかもしれない。

ノック音がすると、先程の女性が心配そうに扉を少し開いて覗いていた。


「お嬢様大丈夫ですか?

お食事をこちらにお運びいたしましょうか……? 」

「いいえ、大丈夫で……してよ! 食事はいつも通りお父様達と食べるわ」

「左様ですか!

よかったですお嬢様……セシアは心配で心配で……先程とてもフェイお嬢様の顔色が優れませんでしたから……! 」


セシアは目尻に涙を溜めながら、抱き着いて来た。

そんなに心配することか? と一瞬思ったが、なんだか落ち着いてきたら段々と思い出してきた。


この少女の名前がフェイ・ヴィルヘルム。

ヴィルヘルム家、長女。

五爵の二番目侯爵の令嬢。

両親に可愛がられ、育てられており、過保護状態。

屋敷の使用人ともとても仲が良く、平凡な生活を過ごしている。

趣味は花いじりらしい。


ほぇー……実に女の子らしい趣味というか、これまでの30年間花いじりなど無縁な為、果たしてできるのだろうか花いじり。

本来の自分の姿で想像してしまい、あおいは頭を勢いよく横に振った。

セシアが用意した洋服に袖を通すと、次に髪をとかすために化粧台に座らされた。

人に髪をとかしてもらう経験等あまりなく、少しあおいは恥ずかしくなった。

そして一通りの用意が終わると、セシアと一緒に部屋を出た。

長い廊下が続いており、行き交うメイドや執事達はにこやかに会釈した。




「旦那様、奥様、ヨハン様。失礼いたします」


セシアは扉を開くと、目の前に煌びやかな食事が並べられたテーブルが飛び込んできた。


「おお、フェイ。具合が悪いと聞いたが大丈夫か? 」

「まぁまぁ、お腹が空いたでしょう?早くお座りになって」


父と母は食事の手を止めると、そう言った。

あおいはおずおずと席につくと、料理が運ばれてきた。

シンプルな卵エッグに少し分厚いベーコン。

細かい野菜が入ったスープもある。

一口飲むと、コンソメみたいなしょっぱい味がした。

目の前に座る義弟のヨハンは綺麗に卵エッグをナイフとフォークで切ると、口に含んでいた。

そしてヨハンの顔を見て、あおいは自分の状況が判明して顔には出さないが溜息をつきたくなった。



ヨハン・ヴィルヘルム。

10年後彼は剣士の腕を認められ帝国軍、王直属の聖騎士になる青年だ。

妻がプレイし、あおいも薦められ最近やっとクリアした乙女ゲーム


【メモリアス7~赤のバラに捧ぐ白い薔薇~】


主人公 ユリスが学園の王子達と絆を深め、恋愛し、世界の滅亡を企む結社と戦い世界を救うとか展開が濃いけれど、ストーリーが一部ファンには好評が高めの乙女ゲームだ。

彼はその乙女ゲームの攻略対象の一人である。

ゲームをしていたが、姉が居たなんて聞いていない。

またヨハンのファミリーネームなんて出てきたのかわからないくらい記憶に薄い。

まして、フェイ・ヴィルヘルムなんて少女の登場はない。

ということは、このフェイ・ヴィルヘルムは乙女ゲームの中では名前もないモブの一人ということが、今このとき判明したのである。


「本日からヨハンは学園に入学するから、ヨハンと学園でも一緒に居てあげてね。

フェイが側に居てくれていたら私達も安心だから。

よろしくお願いしますねフェイ」


あおいは母にそう言われ、ヨハンと目が合った。

ヨハンは少し微笑むと、そっぽを向く。


あぁ、思い出した。

確かヨハン・ヴィルヘルムは養子として、ヴィルヘルム家に来た。

家族や使用人の前では、態度や行動には出ないが、彼はヴィルヘルム家が嫌いという設定だった。

だから、ストーリーにもヴィルヘルム家は出て来ないし、ヨハンも名乗らない。

なのに、どうこの義弟とよろしくすればいいのだろうか。

きっと家族の前なら平気で仲良くしていると嘘を吐くのだろう。

でも、その方が正直都合がいい。

ここで嫌われている相手の世話など任されたら自身の学生生活が楽しめない。

それに、彼を救うのはヒロインであるユリス只一人なのである。


モブに手だし不要! 


しかし、此処で変に断ったらきっと両親は驚いて、心配し始めるだろう。

それはとてもめんどくさい。

なので、ここでの答えは一つしかない。


「……お言葉ですがお母様。

私がヨハンにくっついていたらせっかくできた学友とヨハンの交流を邪魔してしまう可能性もあります。

私も常にヨハンと一緒に居ることは出来ないと思います。

仲の良い女学友の皆さんと会話に花を咲かせる時間もありますし……

せっかく学園生活をはじめるのですからヨハンのしたい様にさせてあげましょう。

私は少し離れたところで見守ることにしますわ」


遠回しにオブラートに嫌だと言ったが、伝わってしまっただろうか。

両親は顔を合わさるが、頷くと「フェイの言う通りね」と言った。

あおいは心の中でガッツポーズをした。

妻の葉だったら、もしかしたら上手い具合に打ち解ける行動をするかもしれないが、正直攻略キャラに興味ないのだ。

男だからってのもあるが……ヒロインユリスと攻略キャラの恋路を第三者として見てた方がいい。

むしろもう一度見たい。

攻略キャラが六人も居た為、前半の攻略者のストーリーは抜けている部分がある。

それを身近で見ることができるのなら、願ったり叶ったりである。






しかし、まさかこんな展開が待ち構えているなど、このときのあおいは知らずにいた。

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