♯4 迷子の女の子と誓約書

 俺の病室は三階にあったらしい。


 そこから階段を下り、一階の正面入り口にやってきた。


 案の定、一階の待合室には誰もいない。


 一階の照明はそのまま明かりがついていた。

 どうやら電気はそのままになっているようだ。


 それにしてもやっぱり不気味だ……。

 室内には人の気配が残っているのに、誰一人見当たらない。


「なんでユウちゃんは病院にいたの?」

「……」


 返事がない。

 ただの小娘のようだ。


「なんでユウは病院にいたの?」

「誰かいるかなと思いまして」


 返事があった。

 どうやら生意気な小娘のようだ。


「と、とりあえず外に出てみようか」


 病院の正面入り口から外に出ることにする。

 普通に自動ドアは機能しているようだ。


「うーん、いい天気!」


 雲一つのないいい天気だ。

 早朝の澄んだ空気がとても気持ちが良い。

 今日の昼間は暑くなりそうな予感がする!


「どこに行くつもりなんですか?」

「とりあえずうちに帰ろうかなって」

「っ!?」


 ユウが自分の胸を両手で隠して後ずさった。

 誰もそんなところ見てねーよ、マセガキ。

 なにが悲しくて枯れたブドウ畑を見ないといけないのか。

 俺の好みは年上のお姉さんだっつーの!


「私に何もしないって約束してくれますか?」

「何もしねぇええからぁああ!」


 お前ッ! 昨日、俺の向かい側で寝てたよなぁ!

 何もなかっただろうがよぉお!?


「ん? 」


 つい大きな声が出てしまったが、この話題で俺はあることに気がついた。


「というか、君はうちに帰らなくていいの?」

「……」


 また無視された。


「家は近くなの?」

「……」

「お父さんとお母さんもいなくなっちゃったの?」

「……」


 がっつり警戒されてやがる。

 くそぅ、これじゃ本当に俺が変態みたいじゃんか。


「……はぁ、じゃあ約束ね」

「え?」

「いい? 大人になったら約束事は全部書面で交わすの」


 実に馬鹿馬鹿しいとは思うが、俺は胸ポケットから手帳を取り出した。

 そのメモ帳の空白のページにあることを記入していく。


「何してるんですか?」

「誓約書を書いているの」

「誓約書?」

「約束事を示した紙。これを遵守しますって書面で証拠を残すのさ」



--------------------------------------------

誓約書


 私、夏木なつき佳介けいすけはユウと一緒に行動するにあたり以下の事項を遵守することを誓います。


~以下、誓約内容~


1.決して危害は加えません


--------------------------------------------



 手書きでそんな書面を作っていく。


 うちの会社の鉄の掟その3、当事者間の約束事は必ず書面で残すことだ。


 ユウがその様子をとても興味深そうに眺めている。


「これって破った場合はどうなるんですか?」

「ペナルティを最後に書く場合もあるかな」

「書かないんですか?」

「いや、何かあるなら付け加えてもいいけど……」


 大体は、最後に“損害を与えた場合は責任をもって賠償いたします”とかつくものだけどさ。


 こんな誓約書にそこまで必要かー?


「じゃあ最後はこうしましょう」

「あっ」


 ユウが、俺から奪ったペンで一文を付け加えた。



--------------------------------------------

誓約書


 私、夏木なつき佳介けいすけはユウと一緒に行動するにあたり以下の事項を遵守することを誓います。


~以下、誓約内容~


1.決して危害は加えません


 約束を破った場合は死をもって償います。


--------------------------------------------



 最後の最後に激重げきおもの文章が追加された!


「えっ? 俺、死なないといけないの?」

「約束を破らなければいいのでは」

「おっ、確かにー」


 年下の女の子に納得させられた。

 うちの上司も似たようなこと言っていたような気がする。


「はい、じゃあこれ」


 その紙を一枚破いて、ユウに渡す。


「大人はみんなこうやって約束事をするんですか?」

「そうだよ」


 こんなことわざわざするほうが珍しいと思うが、説明するのがめんどくさいので、俺は適当にそう答えた。

 

「それじゃ行こうか」

「はい」


 誓約書効果か、ユウが大人しく俺の後ろをついてきた。




※※※




 病院から歩くこと十五分。


 閑静な住宅街に俺のアパートがある。


 とても穏やかな朝だ。


 聞こえるのは鳥の鳴き声、風のさざめく音、そして後ろにいる少女の足音だけだ。


 早朝なら周りの静かさもこんなものだろう。


 なにも変わってないなぁと思いながら歩いていたのだが、ある場所の異常事態を見つけてしまった。


「あっ、コンビニ」


 近くのコンビニが気になった。


 駐車場に車は停車しているのだが、店内に人の様子を確認することができない。


「ちょっと入ってみようか」


 とりあえず俺たちはコンビニに入ってみることにした。


 そんな状況でも自動ドアはちゃんと開くのだから不思議なものだ。


「お弁当が……」


 棚にあるお弁当の賞味期限が七月七日で止まっている。

 お弁当の見た目はあんまり変わっていないが、上蓋にはうっすらと水泡がついていた。


 店内にはお客さんどころか店員さんすらいない。


 出しっぱなしのコンテナに、出しっぱなしの清掃用具。

 コンビニの至るところには作業中の名残がある。


 誰かが買おうとしたものなのか、レジには商品が置きっぱなしになっていた。


 ……これで実感が湧いてしまった。


 本当の本当に七月七日から誰もいなくなってしまったようだ。


 それもかなり突発的にだ。


「な、なにか買って行こうか」

「……」


 ユウから返事はない。

 ただ黙って俺の後をついてくる。


「飲み物とパンくらいは買っていこうかな」


 適当に飲み物とパンを選んで、レジの下から適当に袋を頂戴する。

 俺は少し多めの金額を、レジの上に置いていくことにした。


 多分、監視カメラはまだ作動しているよな?


 なんとなく監視カメラに向かってお辞儀をしてしまった。


 俺、やましいことはなにもしていませんからねっ!


「そ、それじゃ行こうか」

「……」

「大丈夫だよ! お金を多めに置いといたから! 盗みじゃないって」


 自分に言い聞かせるようにユウにそんなことを言っていた。




※※※




「ただいまー!」

「お邪魔します」


 ようやくうちに着いた。


 今は七月十一日だっけ?

 実に四日ぶりにうちに戻ってきたわけだ。


 ふっ、社畜だからそんなのは慣れっ子だけどな。


 うちの様子は一切変わっておらず、水や電気はおろかガスすらもまだ使えるようだ。


「ラクにしていいからね」

「はい」


 もの珍しいのか、ユウが周囲をきょろきょろと見ている。

 俺が住んでいる場所は、洋室1Kの普通のアパートだ。

 そんなに見られても、なんの面白みもないと思うけどなぁ。


「とりあえず!」


 腹が減った! 風呂にも入りたい!


 早くラクな格好にも着替えたいが、俺は一目散に机の上にあるパソコンのところに向かった!


「ネットは!? ネットはどうなってる? 掲示板とかに俺たち以外の誰かがいるんじゃないかな!?」


 俺は急いでパソコンの電源をつけてネットを開いた。

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