第6章 ゆうべからおたのしみでしたのにね

 どうにか金曜日までやってきた。

 今週は土曜授業は無し。部活動に入る一年生のためのレクリエーションのみ。

 もちろん一年生に部活内容をプレゼンする二・三年生は出席だが、帰宅部の俺には別に関係ない。


 宿題の出た科目以外は全て置き勉したのでカバンも軽い。

 土日はとにかく何もしないに限る。ベッドでずっと横になってよう。

 迂闊に充実した週末など送ろうものなら、また復活の呪文を間違えて涙を流す羽目になるからだ。


 だんだん通学にも慣れてきた。

 校門を出て二歩だけ歩く。

 一歩だと電柱にぶつかって避ける必要がある。

 三歩以上進むと、今度は車にぶつかりそうで危ない。

 そこで直角に曲がり、ここから北に三十五歩。こんどは西に四百六十歩。


 うーん、通学RTAが出来そうだ。学校のPTAじゃない。

 リアルタイムアタックの略。


 桃花はそんな俺に合わせて付かず離れず。

 なんとなく俺を見守ってくれているような気がして嬉しいもんだ。

 最初はふざけて縦並びに二人パーティーっぽく歩いてみないかと、筆談で相談してみたのだが、少しやってくれたけどあんまり楽しくなかったようだ。


「ねぇ、秀ちゃん。明日の土曜って空いてるかな? あたし、塾に持ってく参考書を買いたいんだけど、なんかどれもピンとこないから、秀ちゃんに相談したいの」

 俺も成績は中の上ってところで、かしこさは人並だと思ってる。

 無論、桃花の成績は俺よりもさらに少し上といったレベルだったが、そういう事は一切関係ない。要するに土曜にお出掛けしようって言ってるんだ。

 あいつから外出に誘われるのって小学生以来じゃないか?

 もちろん本屋だけ行って終わる訳ないだろうが。

 春なんだから花見も良し。動物園に行くとか、話題のスイーツを食べるとか、なんらかのクエストが待ってるに決まってる。


「ねぇってば、秀ちゃんったら。いいかな?」

「はい」

「ホント!? じゃあ明日の十時にまた公園でね!」

「はい」


 公園の角のところで桃花とは手を振って別れた。

 これはちょっと展開に期待してしまう。


 その晩。

 俺は何着も私服を鏡の前で合わせて、明日のコーデに悩んでいた。

 おっと、早く寝ないと目にクマでも作ってたらみっともない。

 さっそく布団に入ると電気を消し、枕元にペンとメモ帳を用意して女神の降臨を待った。ここは確実にセーブしておかないと。


 しかし、どうしたことだ。

 俺、期待し過ぎて全然寝れないんだけど。

 目覚まし時計の秒針の音だけが小さく聞こえる。

 わずかな家鳴りや、外の物音ですら気づくくらい感覚が鋭敏になっている。

 早く寝てくれ。でないとセーブ神が出てこないじゃないか。



 なんてことだ。そのまま一睡もできず朝になってしまった。

 まぁいい。目のクマは酷いもんだが、とにかく桃花とデートだ。

 すると俺のスマホがSMSを受信した音を立てる。

 桃花からだ。


『ごめん。お父さんから急におばあちゃんちに行こうって言われちゃって』


 これはどういうことだよ。また今度でもいいけどさ。

 いや、俺が勝手に思ってるだけで、今度とも言われて無いけど。

 今日の俺の時間を返してくれ。


 えらく落胆する俺の視界に叔父さんのレトロゲームが目に入る。

 こいつをリセットすれば、またやり直しが――。

 ダメだ、そんなズルはいけない。だってエンカウントするかどうかもわからないんだから、男として誠実に素直に謙虚に結果を受け止めるべきだよな、うん。

 まぁそういうことだから、洋服をクローゼットに仕舞おう。

 おっと、その拍子に右足がゲーム機にぃ。ありゃあ、これはまずったなぁ。




 どうにか金曜日までやってきた。

 今週は土曜授業は無し。部活動に入る一年生のためのレクリエーションのみ。

 もちろん一年生に部活内容をプレゼンする二・三年生は出席だが、帰宅部の俺には別に関係ない。


 桃花はそんな俺に合わせて付かず離れず。

 なんとなく俺を見守ってくれているような気がして嬉しいもんだ。

「じゃあ秀ちゃん。また来週の月曜日にね」

「はいっ?」

「なんで? 月曜は祝日じゃないから学校だよ。勘違いして遅刻しちゃダメだよ?」

「……はい」


 公園の角のところで桃花とは手を振って別れた。


 玄関で革靴を脱ぎ捨てた俺は猛ダッシュで階段を駆け上がり、叔父さんのゲーム機のリセットボタンを連打!




 どうにか金曜日までやってきた。

 今週は土曜授業は無し。部活動に入る一年生のためのレクリエーションのみ。

 もちろん一年生に部活内容をプレゼンする二・三年生は出席だが、帰宅部の俺には別に関係ない。


 桃花はそんな俺に合わせて付かず離れず。

 なんとなく俺を見守ってくれているような気がして嬉しいもんだ。

「あっ、秀ちゃんごめん。同じクラスの陽菜ひなちゃんの日直が終わったら、駅ビルの本屋に参考書を買い物に行く約束しているの。あたし校門のとこで待ってるから」

「はい」

 唖然として動けない俺を見た桃花は何度もまばたきをしている。

「どうしたの、秀ちゃん。まさか一緒に行きたいの? ダメだよ、陽菜ちゃん達に悪いもん」

「……はい」


 校門の角のところで桃花と手を振って別れた俺は、次の角から猛ダッシュで自宅を向かい、叔父さんのゲーム機からカセットを抜いて息で何度もフーフーする。

 これがカセットが復活するおまじないだからだ。




 どうにか金曜日までやってきた。

 今週は……ってもういいわ。何度やらせるんだ。


 結局、俺と二人で本屋に向かうイベントとのエンカウントは無かった。

 このクエストは発生フラグが立つ必須イベントでは無いらしい。


 このために俺は何日、金曜日を過ごして何回、金曜の授業を受けたっていうんだ。

 もうレトロゲームに振り回されるのが馬鹿馬鹿しい。

 逆に小テストとエンカウントしてしまった授業が何コマあったのやら。

 最初から素直に、俺の方から桃花を誘えば良かったんだ。


 次を最後の金曜と定めたその日の放課後。

 俺は家の近所まで帰ってきたあたりで桃花に話を切り出すことにした。


『おれは さんこ うしよが 

 かいた いもも かあした

 どよう じかん あるか』


 このメモを見せれば問題ないだろう。初めからこうすれば良かった。

「はい」

 なんか役者に振りの合図を出してる映画監督を自分でやってるようで情けないが、俺はそれをキッカケにメモを見せようとポケットに手を入れた時だ。

「ねぇ、秀ちゃん。じつはこないだね、ある先輩からコクられて……」

「はい?」

「あたしと付き合って欲しいって言われて……」


「はいぃぃぃっ!??」

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