英雄たちのアシナガおじさんが冴えない私なので言い出せない

だぶんぐる

第1話 おじさんはいろいろ痛い

「おっさん! ぶっころされてえのかよ! ぼっ……けええええ!」


 冒険者ギルド内にある酒場で少年の怒声が響き渡る。

 今日も生き延びられたことや今日の酒代が手に入ったことをわいわいと喜び合っていた冒険者達は、驚いて声のしたテーブルを見遣る。

そのテーブルでは、三人の少年少女、そして、年が大分離れた男が座っていた。


「おい! リア、テメエも何か言ってやれ! このおっさんによ!」


 青髪の少年に声をかけられた少女は金髪の美しく長い髪をいじりながらそっぽを向きながら言い放つ。


「はあ……おじさんさあ、今日何回死にそうになったと思う? もうさ、やめたら冒険者? っていうか、ケン。あたしに振らないでくれる?」

「ぼっ……けぇええええ! こういうことはパーティー全員でだろうが! それに、お前がリーダーだろ! くそが! おっさん! とにかく! ぼーっと突っ立ってんじゃねえよ! なんかもうそれ見てるだけでいらいらするんだよ! なあ、ニナ!」


 銀髪を短めに切りそろえた少女はニコニコと笑みを浮かべながら口を開く。


「そうですねえ~、もうちょっと頑張ってもらえたらうれしいんですけどね~。それとも、パーティーを抜けたくてわざと手を抜いているとかですかね?」


 三人の刺すような視線を受け、年も倍以上離れた、四〇に近い男はもじゃもじゃ赤茶の頭を掻きながら苦笑いを浮かべ答える。


「いやあ、別にね。そんなつもりはないんだよ。申し訳ない」


 ガナーシャ・エイドリオン。

 少年少女に詰められている赤茶のもじゃもじゃ髪の男の名。


 この街に来て三か月。ガナーシャは、パーティーメンバーである三人に何度も詰め寄られており、この街の冒険者にとっては既に見慣れた光景で、思い思いの表情を浮かべていた。

 少年少女の物言いに苦笑いする者、幼い彼らに叱られている男を嘲笑う者、年長者に対し無礼な少女たちに顔をしかめる者。だが、大半は少年少女の言い分に対して理解を示していた。

 あの男は怒られても仕方がないと。


 というのも、ガナーシャは、一般的な冒険者から見れば歓迎されない存在なのだ。


 まず、彼の職業ジョブは、黒魔法使い。

 黒魔法使いというのは、火・水・風・土の四大属性魔法や、光・闇という特殊な属性でもなく、『魔力そのものを変質させ、相手を弱らせたり、邪魔をしたりする』という『いやらしい』魔法であり、イメージもよくない。

 次に、ガナーシャは魔法使いなのだが、そこまで魔力が高いわけではない。人並み以下の基礎魔法と弱い黒魔法しか使えない。


 そのうえ、ガナーシャはおっさんだ。

 四十の手前で、体力も落ち始めているし、『足が痛い』が口癖で、走っているところを見たものはほとんどいない。

 そのため、一時的に『お試し』でパーティーに参加させてもらっても、次は呼ばれない、なんて事はリア達のパーティーにいれてもらうまで日常茶飯事だった。

 なので、むしろ、今のパーティーが続いていることが奇跡に近い。

 なんだったら、今日こそ追放かと賭けに興じる者もいる始末だ。


「まあ、追放されても仕方ないかなとは思ってるよ。ダメなら追い出してくれればいい。だけど、まだチャンスをくれるというのなら、もう少し君たちと一緒に冒険させてほしい。ダメかな、ケン」


 ガナーシャのその言葉が意外だったのか、ケンと呼ばれた青髪の少年は小さく目を見開きぷるぷると震えながら眉間に皺を寄せ言葉を絞り出す。


「……! 勝手にしろ! くそが!」


 ケンが勢いよく背を向け部屋へと戻っていく。


「……もう寝るわ。おやすみ」


 リアという名の金髪の少女も、小さく溜息を吐いて席を立つ。


「はい、というわけで、ガナーシャさん、引き続きよろしくお願いしますね」


 去り際の笑顔を崩さぬ銀髪少女、ニナのその一言で今日の賭けの結果も出た。

 大半の者が悲鳴を上げる中、にやにやと笑みを浮かべながら金を回収して行く者がちらほら。その数人はガナーシャに礼を言って小銭を渡し、再び酒を呷り始める。


 ガナーシャは今日の勝者から貰ったコインを手の中でいじり、やっぱり苦笑いを浮かべながら、安酒を呷る。


「ふう~、いやあ、足が痛いなあ……明日も冒険か……なんか、いつもより足が痛い気がするなあ」


 ガナーシャは、足を念入りに擦りながら、一気に残っていた癖の強い酒を飲み干し部屋へ戻ろうとする。

 酔うのが怖いガナーシャなのでほぼ素面に近いのだが、少し足を引きずって歩くので酔っ払って足取りが重いと勘違いした冒険者が大声でガナーシャの話をし始める。


「ガナーシャ、また、怒られてたなあ」

「まあ、仕方ないだろう。なんたって黒魔法使いだからな。しかも、満足に動けないんなら猶更だ」


(ああ、またか)


 ガナーシャは後ろから聞こえる自分の話題に溜息を漏らす。

 冒険者なんて真面目に働けないゴロツキがほとんどで、英雄といった憧れの存在になれる冒険者など極僅か。それ故に、溜まった鬱憤を自分より弱い存在で晴らそうとする事なんてよくあることだ。だから、ガナーシャは気にしない。自分が弱者だと分かっているから。


(まあ、僕のことはいいさ、大丈夫、あんなこと言われても別に死ぬわけじゃない。だけど……)


「大体、あの英雄候補共はなんだって黒魔なんか入れたがったんだ?」

「さあてね。まあ、支援孤児って話だし、見下せるような存在が欲しかったんだろ?」


 男のぎいぎいと椅子を揺らす音につられるようにガナーシャの左手の人差し指は自分の足をとんと叩く。


(そういうのはいただけないなぁ)


「所詮孤児の餓鬼ぃい……ってぇええええ!」


 どたんと大きな音をあげて話をしていた男が椅子ごと転ぶ。

 ガナーシャはもう一度小さく溜息を吐き、頭を掻く。


(まったく、子供たちが聞いてたらどうするんだ)


「おいおい、酔ってんのか? すっ転ぶなんてよお……まあ、あのおっさんはいずれにせよ、見下されてるって話だよな、やだね、ああはなりたくないもんだ」


 ガナーシャは、聞こえていないかのようにゆっくりと歩いていく。

 だが、さきほど頭から下ろしていた手には僅かな苛立ちが奔り、人差し指が足を叩く。


 とん


(死にたいのか?)


 一瞬の寒気に何人かが身体を震わせる。

 だが、彼らの視線は風が流れてくる入り口の扉に向けられ、逆方向の無音で部屋に戻るおっさんを見る者はいなかった。

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