第25話



一方。

東洲斎白黒も謝花蜜璃とはぐれていた。

周囲を見回して、彼女は溜息と共に携帯端末を操っている。


「(二歩くらい歩いたかと思えば、何時の間には樹海の奥に入り込んでた)」


携帯端末を確認しようとするが、圏外になっている。

だが、時間を確認した所で、この現象に対して理由がついた。

しかし、東洲斎白黒は、先ず自らを狙う気配を感じ取り顔を上に向ける。


「それがさいか?コアラみたい」


巨大な樹木にしがみ付いている祅を見ながら東洲斎白黒は言った。

歯を剥き出しにして怒りを見せつける祅に対して、彼女は恐れる事無く敵を見据えている。


「デカい割に、其処まで強くなさそう」


上から目線で語りながら東洲斎白黒は携帯端末を取り出した。

そして、その携帯端末で祅に向けながら写真を撮る。

ぱしゃりと音が鳴ると、それと共に地響きが聞こえてくる。

先程、樹木にしがみ付いていた筈のコアラ型の祅は、急に事切れたかの様に地面へ落下していたのだ。

頭から地面に着地した為に、周囲が揺れる程に大きな音を発生させている。


「『しろ』…で、死んだ?、なわけないか」


ゆっくりと体を起こすコアラ型の祅は、怒る狂った表情を浮かべながら、東洲斎白黒を睨んでいた。

その顔を見た東洲斎白黒は、携帯端末をコアラ型の祅に向けて写真を撮る。


「ウケる、その顔、もっと写させてよ」


言葉の意味合いを理解しているのだろう。

しびれを切らしたコアラ型の祅は、東洲斎白黒に向けて走り出す。

そして、東洲斎白黒に向けて腕を振り上げて、ボクシングの様に右ストレートを見舞う。

指先から生える爪を向けて、東洲斎白黒を突き刺そうとした瞬間。


「複写術理『くろ』」


直後。

東洲斎白黒の目の前に、黒色の影が出現した。

その影は、形を変えていき、最終的にはコアラ型の祅と同じ顔になる。

いや、それ以上に、先程、東洲斎白黒が写真に収めた怒り狂った表情をしていた。

そのコアラの顔面に向けて、コアラの爪先が、黒色のコアラの顔を思い切り突き刺した。

その瞬間、コアラの顔面から赤黒い血を噴き出す。

眼球が潰れて、裂傷の痕が刻まれた。


「いいね、その醜い顔」


これが、東洲斎白黒の術式である。

複写術理。対象を写し取る事で、その写し取ったものに魂を封じ込める効果を持つ。

古来より絵師として祅を描き魂を封じ込めて来た東洲斎の一族。

時代は代わり、祅を写す技法は代わり、東洲斎白黒は、携帯端末を媒介に対象を写し取る術理に収斂進化を果たした。


複写術理『しろ』は被写体を写した物体に生命力を移す。

被写体が完全に写し込まれていたものであれば、その分、移し奪る生命力の総量が増加する。

生命力を抜き取られた被写体は、肉体の疲弊感、喪失感を抱き、運動量と思考力の低下が懸念される。

少なくとも生命力が大幅に減れば、術理による攻撃も出力が減る。


そして、複写術理『くろ』。

写し取った物体の破棄を条件に、封じ込めた被写体の生命力を流力に変換し、その被写体と同じ姿を形成させる。

全体図を写真に収めれば五体満足で出現し、腕や頭部と言った部分的箇所でも実現が可能であり、実現させた物体は流力が続く限り活動し続ける。


「能力の差的に、こっちの方が弱いけど…反射はするから」


気を付けてとは言わなかった。

東洲斎白黒は、早々と祅を倒しておきたかったのだろう。

快楽に興じる東洲斎白黒には、祅を倒す興奮も悦楽も存在しない。

あるのはただの作業、東洲斎白黒にとって、命を喪う事は恐怖では無く仕事上の不手際による事故死程度にしか思っていない。

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