第20話


「(キリリの為にお菓子を作ったって事は、つまりそれは、わ、私がキリリの事を好きだって言う裏返しってワケでしょ!?そ、そんなの絶対に知られたくないッ!)」


と、言うのが人形フェルトの考えだった。

既に、自分の行動が他人から見れば好きの裏返しと言う事を知ってしまった。

他者にその事が分かっているのであれば、当然、両角切もそう思っている事だろう。

それが例え、両角切が鈍感であり、実際は知らない、と言う状況であろうとも。

彼女は1%の可能性があれば、すぐにでも回収をしたかった。


「(なんで、こういうときに限って、教室に居るの、しかも、キリリがキリリの机なんかに座ってんのッ!?)」


当然な話ではあるが、両角切の机は両角切の指定席である。

人形フェルトの登場に、両角切の視線が向けられる。


「なんだよ、フェルッ」


その視線を、咄嗟に覆い隠すのが謝花蜜璃だった。


「だめだめ、セッくん。今は私とセッくんだけの時間でしょ?他の女の子なんかを見るのはポカのする事ですよ、私だけを見てお喋りして結婚しようね?セッくん」


願望を垂れ流しながら両角切の顔面を掴む謝花蜜璃。

その視線は全て自分のものだと言いたげに、謝花蜜璃は両角切を自分に向ける様にした。


「なあ蜜璃、今はお前しか見えねぇよ」


両角切は大して怒りを浮かべる事も無く、謝花蜜璃にそう言った。

その言葉を聞いて、謝花蜜璃は蕾が花を咲かす様に、ぱっと明るい表情を浮かべている。


「それって告白ッ!?」


ようやく恋が実ったのかと思った謝花蜜璃。

しかし遠くに居る東洲斎白黒が首を左右に振って言う。


「いや、普通にそのまんまの意味じゃない?」


三人の会話を無視して、地面を蹴る人形フェルト。

教室に多く設置された机を掻き分けて、彼女は一目散に両角切の方へと向かい出すと、そのまま机の奥に手を突っ込もうとした。


「(今の内ッ!早く証拠の隠滅をしないとッ!)」


決死の行動。

しかし、誰よりも反応が早く、両角切は彼女の方に視線を向ける。

それは単純に、今ままでの戦闘で培ってきた技術と経験による反射速度だ。

自分に何か向かって来ていると連想した両角切は、彼女に向けて手を伸ばす。

流力を流し込み強化された腕で、更に骨角術理を使用しようとしていた両角切は咄嗟に術式を切った。

結果的に、その伸ばされた腕が人形フェルトの方に向けられ、接近して来た人形フェルトの胸元に五指が沈み込んだ。

胸を触られた、と言う表現よりも、鷲掴みにされた、と言った方が適切な程に、人形フェルトの胸が深く、両角切の指を包み込んでいる。


「ふぇッ!?」


驚きの声を上げる人形フェルト。


「あぐあぁ!?」


その光景を見ていた謝花蜜璃は悶絶する様な激痛の声を漏らす。


「あー…」


やってしまったな、と東洲斎白黒は思いながらその二人の行動を傍から見ていた。


そして、当の本人である両角切は。


「…事故だな」


大して興奮している様子も無く、静かにさりげなくそう言った。

両角切はゆっくりと、彼女の胸から手を下げる。

硬直している彼女は、両角切の掌から伝わる熱を胸元で感じながら後退。

そして自らの胸を腕で抑えると、彼女は涙目になっていた。


両角切の方に視線を向けて、睥睨している様に、敵を見据える様に、純潔を削がれたかの様に、か弱き乙女の様に、か細く彼女が言う。


「へ、…へんたいッ」


悔し涙であるのか、顔を真っ赤にしながら言う彼女の言葉に両角切は決して取り乱す事無く溜息を一つ吐きながら言う。


「安心しろ、別にお前の胸に触った所で興奮とかする気も無い、言ってみればこれは事故だ、だからお前も気に病むことも無いだろ、木材に胸を当てられた程度に思っておけば」


最期まで両角切が言い切る事は無かった。

近くに居た謝花蜜璃が両角切の手首を掴むと共にそのまま自らの胸元に近付けようとする。


「セッくん!早く!!早く上書きしてッ!!記憶に刷り込むくらいなら、お母さんの胸にしときなさいっ!ほらほらッ!!」


そう言って両角切の手を掴んでいた謝花蜜璃は、自らの胸を触らせようとしていた。

流石に偶然触った事と、必然的に触る事はまた違う。

力を行使して絶対に触れない様にしておく。


「お前はお母さんじゃないだろ…って」


二人のやり取りを見て蚊帳の外となってしまった人形フェルトは胸を抑えたまま踵を返し教室から出て行く。

そして捨て台詞の様に彼女は言い放つのだ。


「キリリのえっちぃいい!穢されたぁあああ!!」


教室から出て行く彼女に、両角切は叫ぶ。


「人聞きの悪い事言うなテメェエ!!」


まるで一種のコントの様だった。

東洲斎白黒は既に他人事の様に、資料を持って外に出て行こうとする。


「あ、そうだ…面倒だけど、今日も任務あるから」


両角切に向けて、東洲斎白黒はそういうのであった。


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