第9話
両角切は本日も日課の早朝ランニングを行う。
朝六時頃に起床してストレッチを行い準備をすると、気怠い体を動かして倦怠感を払拭させる。
その状態で走り、睡眠時間にて活動を休止していた筋肉を活発化させる。
汗を流しながら道路を歩く、基本的に車両の少ない道を選んで走っているので、安全なランニングを満喫する。
十五分程走り続けた後に、公園へと到着すると、自販機で飲料水を購入。
甘いジュースでも渋いコーヒーでも無い無味無臭のミネラルウォーターを購入すると、ペットボトルの蓋を開けて一気に飲み干していく。
「…ふぅ、こんなところか」
さっぱりとした朝である。
気分も軽快であり、一日の始まりにしては十分過ぎる一日だった。
さて、再び来た道を帰ろうとした矢先。
「あ、セッくん」
弁当箱を持ちながら公園へとやって来るのは、謝花蜜璃だった。
「蜜璃、どうしたんだ。こんな所で」
謝花蜜璃はえへへ、と予期せぬサプライズ感に笑みを浮かべながら、弁当袋を両角切の方に向ける。
「おなか空いてるかなーって思って、お弁当さん、持って来ました、食べてくれると嬉しいなって」
弁当箱。
何時もは昼飯時の為に用意してくれるのだが、この朝から用意してくれるのは滅多に無い事だった。
それは、幼馴染だからと言っても血の繋がらぬ兄妹の様なもの。
謝花蜜璃にとっては一歩踏み出せなかった事である。
だが、両角切の何気ない嫁探しの話でふんぎりがついたのかも知れない。
「悪いな、弁当、朝早くから作って貰って」
「いいえぇッ、未来の旦那さんの為ならば、どんとこいっ、ですよ」
ふん、と胸に手を添えて謝花蜜璃は言ったと同時、即座に頬を赤く染めて恥ずかしそうに視線を斜めにする。
「えへへ、未来の旦那さんかぁ」
堂々と、両角切の前で未来の旦那と言っている。
決して聞き取れないワケが無い距離ではあるのだが。
「弁当の中身はなんだ?」
既に両角切は弁当の中身を気になっている。
木製のベンチに座り、両角切は弁当袋を開ける。
そのベンチの横に、謝花蜜璃も座って、にこにこと嬉しそうな笑みを浮かべ続けている。
年甲斐も無く、足をぶらぶらと振りながら、その姿はまるで子供の様だった。
「今日はね、奮発しちゃったんだ、中身もかなり凝っててね、正に、私の愛が感じれる様なものになってるのっ!」
弁当袋を開けたと共に、両角切は眉を顰めた。
重箱である、やけに大きいと思ったが、まさか黒く染められた箱が三段積み重なっていた。
嫌な予感がした両角切は、重箱の蓋を開ける。
一段目は、チャーハンだった。
それも、ラードをたっぷりと使った、米粒一粒一粒が脂でコーティングされてギットギトに光り輝いている。
臭いだけでも、胃が持たれそうだった。
二段目を開けてみると、巨大な豚の煮つけだった。
二郎系ラーメンなどに乗っかっていそうな、分厚いチャーシューの様な、脂がぷりぷりになるまで煮込まれた豚肉がぎっしりと詰まっている。
何も言わずに、三段目を開けてみる。
三段目にはチャーハンがあった。
まさかの天丼である。
それを見たと同時に、両角切は謝花蜜璃の方に視線を向ける。
蒼褪めた表情をしている両角切は、見ただけで胃凭れを起こしている。
「いや、…重い、普通に」
首を左右に振って、謝花蜜璃に弁当の中身が確実に体調を崩す程の脂が使われていると言う。
「え?愛が?」
しかし、謝花蜜璃は両角切の重いと言う発現を、愛が重たいと言う意味だと勘違いした。
「いや…、えぇ、いや、有難く食べるけど、…チャーハンは二つも食えないと思う」
最初にギブアップ宣言をすると共に、箸を手に取る。
そして小さく「チャーハンなのに箸かよ…」と、言いながら両角切はおもむろにチャーハンの海へと飛び込むのだった。
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