魔王の能力

 魔力を半分ぐらい失ったけど、別に持ってくればいいだけなので問題ない。ただ、あの程度では不死の存在は殺せないのでどうせすぐに飛び出してくるだろう。それに、この程度で済ませるつもりもない。


『……驚いたな。お主の能力は妾の想像を超えておる』

「お前の能力は現実を曲解する、とでも言えばいいのか? とにかくお前は好き勝手に現実を捻じ曲げているな」


 存在が揺らいで攻撃が通らないのも、死体を動かせるのも邪神が現実を「そうだ」と認識しているから。恐らくだが、不死身なのもそういう理由なんだと思う。物凄く厄介な能力ではあるが、俺の能力と確かに似ている性質だ。


『お主の能力……夢幻むげんから自分が好む現実を持って来て、現実に上書きしている。似ているようで、妾の能力とは確かに別物』


 まぁ、あれだけ使えば同じような能力を持っている奴にはバレるか。

 幻から消耗していない自分を持って来て書き換えることで、魔力を一瞬で回復させる。俺がやっているのはこれだけのこと。攻撃がすり抜けているのも、俺に実体がないように書き換えているだけ。全ては、夢幻ゆめまぼろしの話だ。


「じゃあ、ロイドさんが好き勝手に魔法が使えるのも?」

「好き勝手に魔法が使えるの話がどれか知らないけど、次元に穴を空けているように見せているのは能力だな」


 俺が移動するときに使う次元の穴は、現実を書き換えて空間と空間を繋がったものだと解釈しているだけだ。だから、あれは厳密には遠方に移動している訳じゃない。


『なるほど……確かに、その能力なら不死も殺せよう。相手の不死を書き換えればいいだけじゃからな……ただし、普通の不死に対してのみ』

「何が言いたい?」

『妾の不死は現実を歪めることによる不死。お主の書き換えを使ったところで、そこから更に歪めてしまえば関係ない話よ』


 邪神は物凄い得意げに笑っているし、なんなら多分自分の勝ちを確信している。だけど、そんな不死を書き換える程度ならここまでアーティリアに時間稼ぎをさせる必要なんてなかった。

 俺は夢幻から現実に全てを持ってくることができる。たとえそれが、無であろうとも。


『……なんだ、それは?』

「これか? なんだろうな……俺も上手く説明できない」


 俺が手の中に引き寄せた……夢幻から引っ張ってくるのに時間をかけていたのは、この「虚無」を持ってくるためだ。便宜上は虚無、なんて名前をつけているが俺にもその正体はよくわからない。わかっていることは唯一つ。これは触れれば全てが消滅し、不死であろうとも逃れることができないということ。

 神を名乗っているだけあって、俺の手にある力が危険だとすぐさま察知したのか、邪神は俺の手の中にある虚無の塊を消そうとしたようだが、無駄だろう。


『何故、消えない!』

「消せないだろう……だってこいつは虚無なんだから。お前の能力は現実にあるものを歪めるんだろう? これはここにあるようで無いからな。だって虚無なんだから」

『意味がわからん! 虚無で存在しないのに、現実に存在しているとはどういうことだ!?』

「さぁ? でも、確かにここにあるんだよ……どうなってるのか詳しいことが知りたいなら、自分で受けてみろ」


 虚無を放り投げようとしたら、邪神の能力で一瞬で壁ができた。それも、多分だけど別次元へと繋がるよくわからない壁。現実を捻じ曲げる能力は伊達じゃないって訳だ。けど、虚無には関係のない話だ。

 虚無には時間の概念も距離の概念も存在しない。あるのは虚無であるという事実一つだけ。つまり、俺が手放して夢幻から完全に出した時点で、対象には当たっている。


『馬鹿なっ!?』

「な? 受けてもよくわからないだろ?」


 夢幻から持って来ている俺もわかってないんだから、普通に考えて誰にも理解できないと思う。まぁ、理解できないからこその虚無なのかもしれないけど。

 胸に虚無の球体が突き刺さった邪神は、ボロボロと崩れていく自分の身体が信じられないらしい。死ぬ直前まで、自分が本当に死ぬとは信じてなかったんだろうな。だから、こうやって簡単に足を掬われる。


『妾は、死ぬのか?』

「そうだよ。世界を引っ掻き回し続けた罪は、その命で払うのが妥当、だろ?」

『そんな筈はない……妾は不死身で、死んだとしても生き返り続ける』

「そうなのか? なら、無限に死に続けてればいいんじゃないか?」


 虚無で死なないことなんてないだろうけど、もしかしたら生き残るかもしれない。だから、俺は最初から虚無を当てて動けなくなったら現実を書き換えて、邪神は虚無の中に幽閉するつもりだった。

 なにか叫ぼうとしていたみたいだけど、そんな言葉を聞く程お人好しになったつもりはない。虚無を一気に広げて邪神の肉体を飲み込んでそれを圧縮していく。残った小さな虚無は夢幻にでも戻してやろう。邪神を取り込んだ虚無を、な。


「し、死んだんですか?」

「知らん。死んでなくても死に続けてるだろうから問題ないだろ」


 正直、虚無に閉じ込めた時点でどうなったかなんて俺にもわからない。ただ、絶対に出られないし、なにかをしようとしても思考する前に消し飛んでいくだけだと思う。


「ただ……邪神が死んだからって、邪神が歪めた現実が元に戻る訳じゃないからな」

「そうなん、ですか?」

「そう。だから……どっちにしろこの死体の軍隊は相手しないといけないんだよな」


 邪神は消えたが、俺たちを取り囲んでいる死体が簡単に消えてくれる訳じゃない。


「ロイドさんが、歪めた現実を書き換えてしまえばいいのでは?」

「結構無茶言うなぁ……流石勇者様」

「茶化さないでください。できるんじゃないですか?」

「範囲が広いから……ちょっと時間かかる」


 俺の能力が持つ唯一の弱点と言ってもいいかもしれない。夢幻から都合のいい物事を持って来て自由に世界を書き換えることができるけど、できるのは精々が一個人ぐらいまで。それ以上に広げようと思うと、かなり集中して数分かける必要がある。


「じゃあ、私とアイリス……それとアーティリアで時間を稼ぐってことでいいかしら?」

「わ、私は結界を張ってロイドさんを」

「……わかりました。これだけの数ですけど……なんとかやってみます」

「大丈夫だって。仲間はいるから」


 なんかすごい覚悟を決めた目でアーティリアが頷いているけど、俺にだってしっかり仲間はいる。

 能力で四つの場所とこの場所を繋げて、四精霊を援軍として呼ぶ。


「周囲の動く死体を頼む」

「わかった」


 素直に返事をしたタイタニス以外の精霊たちも、一斉に四方向に散らばって力を発動させた。これだけ強力な仲間がいれば、アーティリアとミエリナも大丈夫だろ。

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