シン・シンデレラ


「このガラスの靴に、ピッタリの足の娘を探せ!」


 王宮から来た使者が、町の中心で叫ぶ。

 王子が舞踏会で出会った、それはそれは美しい娘を探しているらしい。

 ガラスの靴に足がピッタリなら、王子のお妃になれるらしいと、年頃の娘たちは列をなして自分の番を待っていた。


 ところが、どこの町や村に行っても、中々ぴったりな娘が見つからない。

 舞踏会で王子が恋に落ちたあの美しい娘は、どこにもいない。

 ブカブカだったり、逆に足が大きすぎてかかとが入らなかったり。

 いてもたってもいられず、王子は自ら白馬に乗り、各所を回るようになっていた。

 従者の男は馬上の王子を見上げ、尋ねる。


「王子、そのお相手のお嬢さん、一体どんな感じだったか、覚えていないんですか?」

「髪は美しいブロンドで、体の線は細く、私の見間違いでなければ、右の目の下に、小さな泣きぼくろがあったと思う」

「泣きぼくろですか……舞踏会では女性はみーんな綺麗にお化粧をしていましたからね、もしかして、偽ぼくろかもしれませんよ」

「偽ぼくろ?」

「書いてるんですよ。ピッと点をね。ほら、舞踏会の何日か前に、あの有名な魔女が王子の運命の相手を占ったじゃぁないですか」


 実は舞踏会の数日前、王子はよく当たると評判の占いをする魔女に、「あなた様のお相手の顔には、泣きぼくろがある」と言われていた。

 その様子を見ていた者たちの間で噂が広まり、泣きぼくろのない娘たちは偽のほくろを自分で書いて参加していたようだと、従者はこれまた噂で聞いていた。


「ほら、王子はこうやって事前に予告なしに各地に自ら出向いておられるでしょう? きっと化粧をする暇もないのですよ。あの舞踏会で王子が見初められたお方は、もしかしたら普段は化粧っ気のない人なのかもしれません」

「まぁ、確かに化粧はしていたと思うが……」


 王子はもう一度よくあの愛しい娘のことを思い出そうとした。

 娘のことを思えば思うほど、会いたいという気持ちは募るばかり。


「はぁ……」


 悩ましげにため息をついて、この日も何の成果も得られず、帰路につこうと馬を走らせる。

 すると、突然、雲行きが怪しくなって来た。

 あっという間に雨が降り始める。


 山の天気は変わりやすい。

 どこかで雨宿りしようにも、周りにはなんの建物も、雨宿りにちょうどよく茂った木もない。

 冬が近く、山の中といってもほとんど枯れて落ちていた。


 そろそろ夜が来る。

 これでは火も起こせない。


「あ、見てください王子!」


 従者の一人が山道の先に明かりを見つける。

 山の中に大きな煉瓦造りの屋敷があった。

 この辺りの領主の家だろう。

 王子一行は、その屋敷を訪ねた。


「どなたでしょうか?」


 屋敷の中から出て来たのは、灰色の服を着た十五、六歳くらいの少年だった。

 顔は、頭に被っている頭巾でよく見えないが、体格と声からして、おそらくそのくらいだろうと王子は思う。

 小間使いの少年だろうか、それにしては、来ている服の裾はボロボロで、所々に穴が空いている。

「雨宿りをさせてほしい」と従者が伝えると、少年はどうぞとお入りくださいと中へ案内してくれる。


 王子はなんてみすぼらしい格好だと、気の毒に思った。


「このままでは風邪をひいてしまいますね。暖炉の前へどうぞ。すぐにお湯を沸かしてきます」


 少年は慣れた手つきで火を起こし、風呂に入れるように準備してくれた。


「この屋敷に、他の住人はいないのか?」

「母と姉が二人。今は、山を降りて城下の町の方へ出かけております」

「そうか……」


 王子が風呂から出ると、少年は体を拭くようにと綺麗な手ぬぐいを手渡す。

 最初に被っていた頭巾は、風呂を沸かしている間に火の熱で暑くなり脱いだようで、被っていなかった。

 その時初めて、王子は少年の顔をはっきりと見る。


「……おい、ガラスの靴を持ってこい」

「へ?」


 王子の次に風呂に入ろうと服を脱ぎかけていた従者は、急な命令に首をかしげる?


 この家に、今女性はいない。

 ガラスの靴を、一体どうするつもりなのかわからなかった。


「いいから、早く」

「は、はい……ただいま」


 従者は急いで箱からガラスの靴を出して、王子に渡す。

 すると王子は少年の前にひざまずき、言った。


「この靴を履いてくれないか?」


 少年は、そのガラスの靴を見て、驚き、後ずさる。


「え、でも……それは————」


 王子は逃げる少年の足を掴み、無理やりガラスの靴を履かせた。

 小さすぎず、大きすぎず、かかともぴったりと収まる。


「やっぱり、君だったのか……」


 ブロンズの髪をした少年の右目の下には、小さな泣きぼくろがあった。


「やっと見つけた」


 王子は立ち上がり、少年を強く抱きしめる。

 従者は目を点にして、口をポカンと開けていた。


「ごめんなさい。その……僕は…………その……んっ」


 王子は少年の言葉を遮り、少年の唇に口づけする。


「ああ、なるほど! 男装をされていたんですね!」


 ややあって、従者はポンと手を両手を打って納得した。

 少年だと思っていたが、実は少女だったのだと。


「なるほどなるほど。それは見つからないわけだ」


 少年は顔を真っ赤にしながら、王子の胸を強く押して突き放し、叫んだ。


「ごめんなさい、男なんです!! 魔女にそそのかされて、女装して舞踏会に行きました!! ごめんなさい!!」

「えええええええええええっ!?」


 従者は目を見開いて驚く。

 きっと王子はあの魔女に騙されたのだと悟った。


 しかし————


「……それでも、私は君が好きだ!!」


 王子はなんとしてでも少年を城に連れて帰ろうと、必死だった。


「だ、だから、僕は男なんですってば!!」


 少年は何度も断ったが、王子は決してあきらめない。

 やがて王子の熱意に負け、少年は王子と結婚。

 子宝には恵まれず、王の後継者争いからは外されてしまったが、それはそれは幸せな夫婦生活を送っていたらしい。





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