第6話 レベリング
翌日、俺がログインするとムラマサからメッセージが着ていた。
『はろはろー! 今日は爆速クラスレベリングの裏技を教えてあげるよっ! ログインしたらクランハウスにおいで、待ってるよんっ!』
ふむ、爆速クラスレベリングの裏技か、ありがたいな。
というのも、昨日俺が生産した片手剣に付いていた有能なアディショナルパワーをハンマーに合成付与するには、鍛冶士のクラスレベルが10になって習得できるスキルが必要なのだ。
【EXP+100%】、【大量生産】、【匠の仕事】の3つをハンマーに付与できれば、その後の生産効率が圧倒的に上がる。
生産効率が上がれば金策も捗るだろう。
だからまずは鍛冶士のクラスレベルを上げる、これが俺の最優先事項だ。
「こんにちは、ムラマサ先輩居ますか?」
俺はムラマサの自宅兼クランハウスの扉を開き、玄関から声を掛けた。
もし声も掛けずに中に入り、また全裸のミロルーティと遭遇しようものなら大問題だからな。
補足しておくと、ハウスの扉は暗証番号式のロックが掛かっている。
昨日のログアウト前に、ムラマサからクランハウス玄関の暗証番号を教えてもらっていたから、こうして俺が扉を開けられるし、室内に他のメンバーが居る可能性もあるという訳である。
「あっ、くまさん君だ~、いらっしゃ~い」
まずい、ミロルーティの声だ。
俺は咄嗟に廊下方向へ背を向け、背中越しに返事した。
「こんにちはミロルーティさん、ムラマサ先輩に呼ばれて来たんですけど」
「ムラマサなら今シャワー中よ~。わたし、ちゃんと服着てるから振り向いても大丈夫よ~?」
「よかった、本当に良かっ────いや着てないじゃないですかァ!!?」
「んふふ~、ほんとにイイ反応してくれるわね~。……はいっ、と。上がって、お茶淹れるわね、一緒にムラマサを待ちましょ~」
俺はゆっくりと振り向き、ミロルーティがちゃんと服を着ていることを確認してから部屋に上がった。
リビングのソファーに座ると、ミロルーティが和風の湯呑でお茶を淹れてくれた。
厚意に与り、一口。
「……美味しいです。緑茶のレシピなんてあるんですね、知らなかった」
「ううん。これね、パリナちゃんのオリジナルレシピなの~」
「オリジナルレシピ? そんなシステムがあるんですか?」
「みたいね~。料理士のレベルを上げると、自由に素材を選んで調理できるみたいなのよ~。昨日のグラタンも多分それじゃないかしら~」
「つまり、失敗する場合もあると」
「みたいね~」
しかしパリナは本当に一流の料理士なんだな。
だってレシピが存在しないのに、こうも完璧な緑茶を作れるんだから。
しかもただ緑茶の味と見た目がするってだけじゃなく、しっかりと美味しいのだ。
昨日のキッチン爆発事件も、上手くいっていれば本当に美味しいグラタンが出来上がっていたのかもしれないな。
「ふぅ……ちょっとのぼせちゃったかな。ミロロ、何か冷たい飲み物────」
「あっ、お邪魔して、ます……」
風呂上りのムラマサもまた、全裸だった。
ムラマサ、お前もか……。
「えぇ、こほんっ。…………きゃー、くまさんクンのえっちー」
「いやさっさと服着てもらって良いですか? あと無理して純粋ぶらなくて大丈夫ですから、棒読みですし」
「とか言ってぇ、ちゃっかり頬が赤くなってるぞっ!」
「さっき飲んだお茶が熱かったからですッ!!!」
「うふふっ、ムラマサも赤くなってるわよ~」
「んなっ、そーいうコトは言わなくて良いんだよもうっ!」
あ、あのムラマサが赤面してもじもじしている……だとッ!?
小声で「いや別にお風呂上りだからだし」とか呟いているのも乙女過ぎやしないか……?
初対面時はネカマを疑ったが、まさか本当に女性なのか……?
────ガチャッ!
「ラッキースケベの気配っ!」
「わぁ~アリアさんだ~、こんにちは~」
「やっほーミロロ。おっ、今日はちゃんと服着てるわね」
「うふふっ、くまさん君を困らせちゃうといけないものね~」
その理性があるなら出迎える時から服を着ていてほしかったものだが。
「さてと、全員揃ったことだし、早速くまさんクンのレベリングを始めようかっ!」
「待ってください、ネクロンとパリナさんが居ませんけど」
「ネクロンだけ呼び捨てしてる……ネクロンルート入ってる…………」
「うふふっ、まだまだ逆転の目はありますよ~」
「その二人はちょっとやることがあるらしいんだよ。だから今日は、ボク達3人でキミのレベリングをバッチリサポートするからね、任せてよっ!」
「分かりました。よろしくお願いします」
「うんっ、礼儀正しいのはイイコトだねっ! じゃあみんなも新人育成のために、よろしくぅ!」
ということで、いよいよ俺のクラスレベリングが始まった。
俺はムラマサから素材を渡された。
“アイアナイト”、鍛冶士のクラスチュートリアルで素材として使った鉱石だ。
これを2個素材にして、“グロウリング”というアイテムを生産する。
“グロウリング”は鉱石アイテム2個ならば何を素材にしても作れるアイテムらしく、ムラマサ曰く、このアイテムこそが鍛冶士で最も簡単でかつ深みのあるやり込み要素の一つなのだとか。
今は何のことやらさっばりだが、いずれ理解する日も来るだろう。
そして、“アイアナイト”1個で武器を1つ生産するのに比べ、“アイアナイト”2個で“グロウリング”を生産する方が2倍以上のEXPが得られるから効率が良いらしい。
「あの、このペースだとこの素材の数じゃクラスレベル10には届かない気がするんですけど」
「おっ、早いね。それじゃ、レベリングを始めようか」
「えっ?」
「もしかして“グロウリング”生産が爆速レベリングの裏技だと思ったのかい? まさかまさかっ! これはまだまだ下準備っ! 今からやるのは、別々の生産職が複数人集まらないとできないやり方なんだよねっ!」
「こっちはいつでも始められるわよ」
「わたしも準備完了です~」
「ナイスタイミングっ! それじゃくまさんクンの為に、爆速レベリングの裏技を解説してあげようっ!」
ということで、地の文をくまさんクンの心の声からこのボク、天才美少女鍛冶士・『ムラマサ@今年で9年目!』が引き継ごうじゃないかっ!
まずはクラスレベルがどうすれば上がるのかってところから説明しなくちゃね。
この『The Knights Ⅻ Online』では、ユーザーレベルとクラスレベルは別物として扱われるんだ。
ユーザーレベルはユーザーそのもののレベルで、クラスレベルはクラスごとのレベルだね。
ユーザーレベルはモンスターを倒したり、アイテムを生産したり、クエストをクリアしたりするとEXPが獲得できレベルが上がっていく。
クラスレベルもほとんど同じなんだけど、その時に設定しているクラスにしかEXPが入らないってことと、戦闘職か生産職かによってモンスター討伐時とアイテム生産時のどちらに獲得できるEXPの補正が掛かるかってとこが違いだね。
で、なんだけどっ!
生産職のレベリングはやっぱり生産しまくるのが一番なんだけど、それには一つ問題がある……何だと思う?
…………そう、素材が足りなくなるってことだよねっ!
どれだけ「じっくり生産してやるぞ~!」ってやる気と根気、それから時間があったとしても、生産する為の素材が無ければ意味がない。
だけど始めたての初心者では、素材を集めるのも一苦労だ。
自分でマップに出て集めてこようにも、パラメータが低いし採取系のクラスレベルも低いから採取に時間が掛かっちゃう。
ユーザー間取引が行われるマーケット機能で素材を買い漁ろうにも、その為の資金だって全然足りない。
だったら、どうするか?
ずばり、生産アイテムを素材にする、だ。
生産アイテムの中には、他の生産クラスの素材にできるアイテムが存在していてね。
例えば、鍛冶士が作る“グロウリング”は、錬金術士が作る“女神の瞳”というアイテムの素材に使える。
そして“女神の瞳”は、彫金士が作る“ゴッデスネックレス”というアイテムの素材に使える。
そして“ゴッデスネックレス”は、実は鉱石のジャンルにも含まれているアイテムであり、鍛冶士はこれを使ってまた“グロウリング”を生産できる。
まさに無限ループが発生するのだ。
「ちょっと待ってくださいよ。この中に彫金士は居ないじゃないですか」
「アタシ、彫金士のレベルも上げてるのよね。裁縫士で服を作って彫金士でアクセサリーを作る、これで好きなだけオシャレができるって寸法よ」
「なるほど二つのクラスを……凄いですね」
「ふ、ふんっ! 褒めたって何も出ないけど……素直に嬉しかったから、オリジナルのスキン衣装一式作ってあげるわ!」
「出てるね」
「出てるわね~」
「ありがとうございまァすッ!!!」
はてさて、とっても賢いそこのキミはもう気付いてるよね?
『あれ、それじゃ最初に鉱石2つを素材にする以上、無限ループにはならないのでは?』
そのとーり!
だけどキミは既に知っているはずだよ。
生産物を増やす効果を持ったアディショナルパワーの存在をねっ!
アリアが愛用している彫金士用の生産装備にはもちろん、【大量生産Lv.1】が付与されているんだ。
だからアリアが生産する“ゴッデスネックレス”は一度の生産で2つ生産されるから、それを素材に“グロウリング”を生産できる。
これにて無限ループの完成っ!
少ない素材を元手にレベリングを続けられるってワケだねっ!
「以上、ムラマサ先輩の初級者向けレベリング講座でしたっ!」
「す、すごい……これなら、時間さえ掛ければクラスレベルカンストまでいけるじゃないですか!」
「可能だよ、理論上はね」
「理論上は……?」
「これはどのクラスにも言えるコトなんだけど、次第にクラスレベルアップに必要なEXP要求値は増えていく。この方法なら目標とするレベル10までなら効率が良いんだけど、それ以降はね……普通に鍛冶士ギルドのギルドクエストやデイリークエスト、サイドクエストをこなした方が余程効率が良いんだよ」
「なるほど、それは生産職でも同じか……」
「っ? まあ良いや、手順は分かったよね。早速、生産開始だよっ!」
かくして、俺はムラマサの爆速レベリングの裏技を用いてあっという間(鍛冶士のクラスレベルが10に到達した。
目標としていた、別の種類の装備とハンマーを合成するスキルも習得。
これでようやく────スタート地点だ。
「合成成功……。出来た、出来ましたよッ!」
「おめでとうくまさんクンっ! こんな序盤に【大量生産】と【匠の仕事】の付いたハンマーを持てるなんて……んん~! 他人事ながらワクワクが止まらないよっ!」
「俺もワクワクしてますよ。これもムラマサ先輩と二人のおかげです。本当にありがとうございました!」
「そうよ、全部アタシ達のおかげなんだから! ちゃーんと感謝することねっ!」
「うふふっ、今日はお祝いしなくちゃね~」
「うんうん、めでたいめでたいめでたいねっ! 今夜はパリナの手料理でパーティーでもして、明日からの地獄に備えて英気を養わなくっちゃねっ!」
「えっ地獄?」
「おっと」
「アリアさん、地獄って何ですか?」
「サアーナンノコトカシラネー」
「ミロロさん、地獄って……」
「あぁ~なんだか脱ぎたくなってきたわね~~~!!!」
ムラマサの言う地獄、アリアやミロルーティがひた隠す地獄とは一体何なのだろうか。
気になりはするが、今夜は一旦忘れよう。
なんたって今日は、生産職として初めて立てた目標を達成できたのだから。
自分だけの力で達成した訳ではないが、仲間に協力してもらって目標を達成するのもまたMMORPGの楽しみと言えるだろう。
だからだろうか、この夜飲んだ偽物のアルコールは少しだけ、俺を気持ちよく酔わせてくれた気がした。
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