第二十三話 落ちた花の首


「――なにかしら?」


 南梓なんしは顔を上げた。回廊の向こう側から、甲高い怒鳴り声が聞こえる。

「あれ、欣明きんめい様よね」

 南梓の傍にいた女官が、あきれ顔で言う。

 欣明の怒鳴り声は甲高く、遠くからでもよく聞こえるのだ。

「また誰か怒られているのよ。この頃さらに怒りっぽくてうんざりするわね」


 南梓は、数人の女官と一緒に中庭で花を剪定していた。ぱちん、ぱちん、と鋏を動かしながら、別の女官が眉をひそめる。


蘇奈そなは自死じゃなくて殺されたって噂もあるでしょ? そうだとしたら犯人はまだ後宮の中にいるってことじゃない。欣明さまが神経質になるものわかる気がするわ」

「いやあね、物騒だわ……って、あ、ごめん、南梓、あんた蘇奈と仲良しだったもんね」

「ううん、だいじょうぶ」


 南梓なんしは手拭でぐしぐしと目元をぬぐった。

 数日前、仲良し三人組の一人、蘇奈そなが亡くなった。

 首をくくっていたという。


 しかし南梓も璃莉も、蘇奈が自死するはずはない、と思っていた。


 だいたい、そこまで蘇奈が思いつめていたのなら、南梓や璃莉に相談しているはずだ。蘇奈は、死の直前までいつもと変わらず元気だった。


 しかし――そうすると、蘇奈は誰かに殺された、ということになる。


 そこでもまた、首を傾げてしまう。

 蘇奈が殺される理由など、まったく思い当たらないからだ。

 少々おしゃべりでイタズラ好きだったが、蘇奈は人から恨みを買うような子じゃない。


「ほんとうにひどいわ、あんなことって……」

 思い出して、また涙がにじむ。

「南梓ったら、また泣いて……ほら、飴があるから、これ食べて元気だしなさいよ」

「うう、ありがとう……」


 南梓は女官にもらった飴を口に入れる。ふっくらとした頬が、冬眠前のリスのようにぷっくりふくれた。


「でも、もし蘇奈が殺されたのだとしたら、誰に殺されたのかしら」と女官は剪定した花を花籠に入れつつ、とりとめもなく呟く。

「盗賊かしら」

「何言ってるのよ。ここは後宮よ? 盗賊なんかいるはずないじゃない」

 女官たちはああでもないこうでもないと言い合っている。


 飴で気を取り直した南梓も、花を籠に入れながら考える。


 凛冬殿には、目のくらむような宝物がたくさんある。

 冬妃とうひが皇子殿下と過ごすための四阿あずまやを造るため、冬妃の父・袁鵬は龍昇国の北方からわざわざ高級な玉柱を取り寄せている。


 その玉柱と一緒に、実に多くの品々が凛冬殿には届く。


 帝や皇子殿下への献上品、冬妃が後宮で過ごすために必要な衣装や装飾品や宝石、見事な調度品の数々。女官たちに屑玉まで送られてくる。

 まさに宝の山だ。


 ここは後宮で、盗賊なんかいるわけないとわかっていても、つい考えてしまう。

 宝物目当ての盗賊に、蘇奈は殺されたんじゃないかと。


 南梓の頭には、三人で宝物部屋に忍びこんだあの夜のことがあったからだ。


 あの日、もしかしたら蘇奈は、忍びこんだときに見つけ損ねた「食べかけのお菓子」を見つけに一人で宝物部屋へ行って、何者かと鉢合わせて殺されたのではないか、と。


 とりとめのない思考にため息をついた瞬間、ちょきん、と大輪の花の首を鋏で落としてしまった。


「やだ、もったいない……」


 自分の部屋にでも飾ろうと、地面に落ちた花の首を拾おうとかがんだとき、花木の間に人影が見えた。


 南梓は、その姿勢のまま花木の隙間をのぞき見る。


「あの人は……」

 人影は、迷いない様子で歩いて行く――あちらはほとんど人のいかない、宝物部屋のある棟がある方向だ。


(なんであの人が……今日は、荷が到着する日じゃないのに)

 南梓は吸い寄せられるように、人影を追っていった。




「……さて、もうこれくらいで足りるかしらね。急がなきゃ。冬妃様の御部屋と、居間と、お食事の部屋と……って、あれ?」

 女官は、周囲を見る。

「南梓? どこにいるの? 殿舎へ引き上げるわよ?」


 女官が周囲を見ると、花木のそばに南梓が使っていた鋏と花籠が置いてあった。


「もう、南梓ったら、早くお花を活けないといけないのに、ほったらかしで。厠かしら」

 南梓の花籠も持つと、女官は急ぎ足で殿舎の回廊に上がった。

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