少女勇者、都を出る

 辺境の火山に住むドラゴンを倒したら、都に呼び出された。


 宮殿の前庭で、王直々に勇者の称号と魔王討伐の任務を与えられた。


 それから7日後、今日の昼のことだ。


「追放されてやるわ!」


 エッダが宣言すると、仲間たちは頬を叩かれたような顔をした。

 とくに僧侶のアリスは親の訃報でも受け取ったかという表情だった。すぐにそれは怒りに変わり、ズイっとエッダに近づいて言う。


「なあに? 追放さ・れ・て・や・る? どうしてそんな言い方しかできないの?」


 アリスはとくに背が高いわけではないが、エッダは15歳に見えないほど小柄だ。道を行き交う人々の目には尼僧シスターに叱られる子どもに見えるだろう。

 そこは都の下町、堀を挟んで工房や公認商店が建ち並び、路上に天幕だけの露店ろみせが並ぶ自由市になっていた。防具店のドアが開いて作業エプロンをかけた大男が顔を出した。

「おいおいケンカならよそでやってくれ。仲良く買いものできるなら入りな」


 ケンとフレイは気まずそうに店先から退いたが、エッダは頑健な防具屋をキッと睨みあげた。狼のような琥珀色の目の光にたじろいだ大男は、重厚なオーク材のドアを素早く閉めようとした。商売柄、見覚えていたのだろう。勇者様ご一行の揉め事に口を挟む気はなかったらしい。


「待って」と、その服の袖をつかんで、エッダは防具屋を引きずり出した。

 怪力なのだ。勇者だから。いや、この膂力と底なしの体力だけで勇者になった。

 エッダは片手で防具屋をつかんだまま外衣ケープの内側から革袋を取り出して、いやがる手に押しつけようとした。


「ななななんですか?」

 それは7日間、エッダが仲間のために使うつもりで持っていた貨幣入れだった。

エッダに勇者の称号と任務を与えた王様は、支度金もたっぷり渡してくれた。


「あんたの店でつかうはずだった金。

 こいつらはその気がなさそうだけど、王さまが装備を整えろってくれた金だから。

 あんた受け取っておいてくれ」


 防具屋はおろおろするだけで袋を取ろうとしなかった。


「ひどい……!」


 アリスが杖を握りしめる音が耳に刺さった。


「待てよ。たしかに俺はしりごみしていた。

 おまえが武器屋に行こうと言っても、手持ちの剣を手入れしてから、調子を見てからって、一日延ばしにしたさ。でもそれは」


 長い腕をブンブン振ってフレイは言いよどんだ。彼は攻守に優れた大剣使いだ。


「おれも」


 魔術士の赤いローブを着たケンが引き継いだ。


「おれは宿から出なかった。やる気ないって思ったんだろ? そうじゃないんだ。

 おまえには魔王討伐なんて、ちょっと遠出して一狩ひとかりぐらいのもんだろうけどさ。

 おれはそうじゃないんだよ。おれたちはもっと準備が要るんだよ」


 ケンは、少し体力が心もとないが、幅広い魔術を操る。


「ねえ。わたしたち、あなたにくらべたら弱いわ。頼りにならないかもしれない。

 でもせめて、仲間として信じてくれてもいいじゃない」


 どうして頼りにしてないなんて、信じてないなんて思うんだろう。

 エッダには心底わからなかった。


「もういい。こいつは一度言いだしたら聞かない」


 ケンが頭を振って言うとアリスは半泣きでうつむいた。


「わたしたち、本当にあなたに必要じゃないのね。そのお金みたいに」


 どうして必要ないなんて思うんだろう。

 脱力感におそわれ、ゆるんだ手から防具屋が逃げ出した。

 もう一方の手からは革袋が落ちた。

 石畳に落ちた瞬間、袋の中の貨幣がじゃらっと金属音を響かせた。

 それは何かが決定的になってしまった音に聞こえた。


 エイダは革袋を見つめて


「好きにすればいい」


 そうつぶやくと、来た道を戻りはじめた。


「だから! どうしてそんな言い方するの?!」

「バカヤローーッ!」


 アリスとフレイの声が追ってくる。

 エイダは立ち止まってくるっと向きなおり、偉そうなポーズで怒鳴りかえした。


「バカはおまえらだっ!」

「傲慢勇者!!」

「俺様幼女!」

「幼女ちがうわ、ばかーーー!!」


 思いきり叫んで、橋まで行かずに堀を飛び越える。

 おどろいて見おろす人々の間をぬって走って、アリスたちの声はすぐに街のざわめきの向こうに消えた。


 追いかけてきたのは仲間ではなく、知らない吟遊詩人だった。


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