旧東京 第七魔法学園 最前線部

神楽鈴

Lv.0

ようこそ女子最前線部へ

「戦争管理委員から賠償の請求書が届いているぞ」


 久遠はそう言って一枚の紙を差し出した。

 

 書面にはこう記載されている。


【一月の謹慎と半年間の戦争禁止。並びに学園への賠償金支払いと土地の返却を求める】


「待ってください、私たちの所有する土地は23番グラウンドだけです」


 書面を見て顔を青くした榊原が突っかかるも、しかし久遠先生は動じない。


「知らんのか?活動許可を得た土地を持たない部は……」


 そして、最後の審判を下すように感情のない声で告げる。


「廃部だ」



◇◆◇



Q. 8年前の地殻変動で現れた新大陸『ムウ』は君主主義を掲げているが、王を選出する為の大会を何と言うか?


「今日は4月の16日ですので、出席番号16番の……沙魚川君。答えてください」


 緑色の長髪を一本でまとめたクールな女性教師が板書をしたままの状態で振り返りもせずそう聞くと、クラスの中に激震が走った。


 窓から流れ入る爽やかな午後の春風に眠気を刺激されていた鋼は数多の視線に晒されながらも、なんとかその名を思い出して答える。


「えぇーっと、国王選出戦です」

「チッ……正解だ」


 先生は怒っていた。というか、不機嫌だった。


 普段からぶっきらぼうで適当なところがある教師ではあるが、しかし、生徒たちから姉御と慕われる彼女がどうしてこうも荒んでいるのか。


 その原因は不明だ。

 少なくとも、生徒の誰かがやらかしたとか、そういう訳ではない事は確かである。

 

「出身者は知っているだろうがムウ大陸は弱肉強食の国だ。暴言も暴力も殺人さえも強ければ合法となるから旅行の際は気を付けておくと良い。特にこのクラスはサピエンス族が多いからな。じゃあ次は……」


 先生が次の問題を出そうとしたその時、授業の終わりを告げるチャイムが学園中に鳴り響いた。


「時間か。次回は神田議員が日本のオタク共から崇め奉られる事になった経緯と勇者協会の設立までを予定している。各々で予習しておきたまえ。解散」


 彼女の声を聞いたクラスメイト達が何かから逃げるように散ろうとする中、最前列中央に座っていた学級委員長の佐々木は天に向かって真っすぐに手を挙げる。


久遠クオン先生、本日の授業は全て受講しましたが、ホームルームを終えていません」


 彼がそう指摘をすると、先生は彫刻の様に整った顔を歪ませる。


 お前は何?勇者なの?

 そう思ったのは鋼だけではないらしく、教室の至る場所からから「メガネ!!死にたいのか!?」といった具合の声が聞こえて来た。


「……あー、そろそろ仮入部期間が終わる。人員が規定数以下の部活動は来週から同好会扱いとなり部費が大幅に削減されるから気をつけろ。はいじゃあ今度こそ解散」


 意外や意外。なんとか逆鱗には触れなかったらしい事を確認すると、クラス中から一気にため息が漏れた。


 これで満足か?とでも言いたげな久遠先生は何やら佐々木を睨みつけているが、当の本人はどこ吹く風である。


 その事を不満に思ったのか、彼女は何か粗でも探すように教室へと視線を送った。


 因縁を付けられては堪ったものじゃないと思ったのか、クラスメイトは一人、また一人と逃げるように教室を後にする。


 鋼も早い所ここから退散しようと、机に掛けていた鞄に手を掛けた時


「沙魚川、第七魔法学園が部活動に力を入れているのは知っているな?」


 此方を睨みつける久遠先生の浅葱色をした瞳に捕まってしまった。


「えぇはい、受験前に学園の説明会で聞きました」


 そう答えると、彼女は目に宿った光は強さを増す。


「第七は部活動への入部を強く推奨している。というか特殊な例を除いて帰宅部は許されないんだ」

「部活動に力を入れている割には帰宅部への風当たりが強いようですけど」

「言葉遊びはやめたまえ、ニートを自宅警備員と言い換えるようなものだ。本質的に同じなのだよ」

「……実は妹が重たい病気に掛かりまして、両親が共働きで働いてはいるのですがそれでもお金が足りず、俺もバイトを始めたんです」

「前提としてウチはバイト禁止だ。それに、特別な理由で当人の勉学に支障が出るようなら国や学校から補助金が出る事になっている」

「へぇ、手厚いですね」


 咄嗟にそう返事をしたが、それは実に興味なさげな声であった。


「お前、妹いないよな」


 久遠先生は頬杖をつくと、呆れたようにそう呟く。


「いませんね。姉はいますけど」

「知っている。その姉君から毎日私の携帯に愉快なメールが届くからな」

「何してん……申し訳ないです」

「いや、それに関しては別に構わんよ。私も独り身で日夜暇を……こんな話はいい」

「暇を持て余しているなら姉貴を連れて合コンにでも行ってくれませんか?いい年した姉にいつまでも実家暮らしでいられると心配になるんですよ」

「奇遇だな。丁度今朝方に君の姉から見合いの誘いが来たんだ」

「そうですか。先生は見た目だけなら引っかかる男も大勢いるでしょうし、どうぞお幸せに」

「話題を逸らすな帰ろうとするな。そういう所は沙雪とそっくりだな」


 久遠はこれ幸いと立ち上がった鋼を慌てて呼び止めた。


「姉貴は俺と違って戦闘のセンスがありますけどね」

「……お前の苦悩も理解しているつもりだ。積極的に部活へ参加をしろとは言わないから、とにかく何処かの部へ席だけは置いておけ」


 しつこく引き留める久遠先生を少しばかり困らしてやろうと思って放った言葉であったが、彼女は今までと違い随分と塩らしい反応を見せた。


「えぇ!君!部活入っていないの!?」


 その時、先程まで教室の端で談笑を繰り返していたグループからそんな声が上がり、一人の人物が二人の側へとやって来る。


 鋼が声の聞こえた方に首を動かすと、ほんの24センチ横で顔を覗き込むスラリとした長身の美少女を発見した。理知的な金の瞳と、グレーのメッシュが入った乳白色の長髪が実に見事なコントラストを作り上げている。


 何よりも彼女を彼女たらしめているのは、頭の上から生えた二つの獣耳と思わず抱きしめたくなるような大きな尻尾だ。


「いや、正式な帰宅部員なので」


 鋼は咄嗟にそう返事を返すと、首を正面に戻して口を閉ざした。


「帰宅部は部活じゃないでしょ?入る部活が決まっていないならウチへおいでよ」

「結構です」


 彼女は見た目に反してフレンドリーに誘うが、鋼はにべも無く断った。


「ウチへおいでじゃない……いや、そうだな。顧問は私だし色々融通が利くだろう」

「いや、ちょっと待ってください。先生が顧問を担当している部活動って」


最前線部だな」

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