殿下と私の秘めたる日々

こはる

序 秘められた夜

 夏の三日月のかそけき光が、異国情緒エキゾティシズムを醸し出す絨毯カーペットに降り注いでいる。


 アガーテは深紅の分厚いカーテンを閉め、三日月の光をさえぎった。


 静かに振り向くと、今日、もう青年といえる年齢になった少年が、ベルベットのソファに寝そべり、クリスタルグラスに注がれた葡萄酒ワインを賞味しているところだった。

 重すぎる勲章で飾り抜かれた黒の軍服を脱ぎ捨ててソファの背もたれにかけ、シャツと黒のスラックスだけでくつろいだ仕草を見せている少年に、アガーテは声をかけた。


「十八歳のお誕生日おめでとうございます、殿下」


 金糸の如き髪を短く切っている少年は、薄い唇に笑みを刷く。刹那、野心的で情熱的だが、寡黙を通す冷静な表情に顔を戻す。どんどんと大人びてきている気がする、とアガーテは少年の隣に静かに座った。

 アガーテが腰を下ろした途端、少年がサイドテーブルにワイングラスを置き、彼女の右手を勢いよく掴み、自分の太ももに引き寄せた。少年の太ももの上で、アガーテの白く華奢な手が、少年のしなやかな手に弄ばれた。指の一本一本を丁寧に伸ばされたり、水かきのところを指でなぞられたり、指同士を絡み合わせられたり——。


 されるがままになっていると、少年は、アガーテを自分の方へさらに抱き寄せた。


「何故、誕生日の祝賀に出なかった?」


 アガーテが曖昧に微笑んだままでいると、少年は、さらに身を寄せて彼女の頬を指で撫で、顎を引き寄せた。

 少年の紫水晶のごとき瞳が、この上なく愛おしいものを見る目で彼女を見る。

 唇が寄せられ、彼はアガーテの唇を奪った。最初はついばむように、だが少しずつお互いを求めて深いくちづけに変わっていく。


 深いくちづけは、アガーテの身体の芯を溶かしてしまう。いつの間にか、ソファの上に少年もろとも倒れ伏していた。


 少年は、手早く自分のシャツを脱ぎすてると、アガーテのなよやかな首筋や形の整った鎖骨に、指を這わせていく。


「……殿下」

「何故、誕生日の祝賀に出なかった? 待っていたのだが」

「出るようなご縁はございません」

「表向きはな」


 けれど、こんなに愛おしいのに、と少年は、十二も年上の、黒髪を持つ美しい女の額にくちづける。


 少年は腕に力を込めて女を抱き上げると、近くにあった紗の天蓋に覆われた寝台へと彼女を下ろした。彼女は、まるで少ししなびた大輪の花のように寝台に横たわる。少年は、彼女を起こすと、ドレスを戒める背中の紐を丁寧にほどいていった。

 白い背中があらわになると、少年はその背にくちづけた。


「しばらくってもくれなかったな。来週、レーヴェンタール伯爵が帰ってくるから、身を慎んでいるのだろう。ずっと僕と乱れていたから」


 アガーテは羞恥の表情を浮かべて振り向く。

 それを受け流して、少年は女の胴衣を外し、その豊満な乳房を熱気のこもる外気に晒した。少年の指が、女のその豊かな胸を後ろから揉みしだく。男の大きな手の体温を胸に感じ、女は身体に熱が駆け巡り、息を漏らし、首をのけぞらせた。


 少年はアガーテに甘く低く囁いた。


「慎ませない」

「……お許しを」

「僕が必要だと言ったのは、貴女ではないか」

「……はい」

「夫には渡さない」


 アガーテは「夫のところへ帰して」と少年に懇願さえできない。

 たまに、優しく誠実な夫のことを忘れかけることがあるから。特に、目の前の少年との愛欲に耽っているとき。

 自分は目の前の少年と淫蕩に溺れ、夫に貞操を誇れるような妻ではなくなってしまった。奔放で淫らな女であるという自分の本性が少年の手で暴きだされた今、どんな顔をして最愛の人に会えばいいだろう?


 少年の指が、アガーテの滑らかな腹をたどり、裳裾で隠れたへその下へと潜り込んでいく。

 その愛撫に彼女が恍惚としていると、リボンで固く結んでいた裳裾が鮮やかに取り去られ、少年の眼下には、白く美しい女体があらわになった。

 少年は感動したように身体を震わせ、女の上に覆いかぶさった。




 寝台の上で、真面目そうな少年が疲れ切って掛け布をかぶって丸くなっていた。アガーテから離れようとせず、彼女の豊満な胸に幼子のようにすがっている。

 金糸のようなさらさらとした髪ごとアガーテの胸の渓谷に顔を埋め、少年は安らかな寝息を立てていた。何か夢を見ているのか、小さく笑んで寝言を言っている。アガーテはその頭を優しく撫で、赤子にするように掛け布ごと抱き寄せた。

 先ほど、自分を責め抜いていた男とは思えない。天使のように清らかであどけない。


 本当に自分は淫らだと思う。このあどけない無垢な少年を、大人にしてしまったのはアガーテなのだから。

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