第4話 青鬼の「翡翠」と狸の妖怪「琥珀」

「茜、天狐にもそういう事情があるから、まずは一日だけでも変化が続く葉っぱをひと月分くらい持っていけ。そしてここから北にある西川という名の村へ赴き、『翡翠ひすい』という名の青鬼あおおにを訪ねろ」

「青鬼……?」


 小首を傾げる茜に、俺は頷く。


「そうだ。そこには天狐同様に変化へんげ術を得意とする、『琥珀こはく』という名のたぬき妖怪がいる。翡翠は琥珀の力を使って人間に化け、そこで生活している」


 茜は眉を寄せ「その青鬼は、何故琥珀という者の術を使ってまで人間の村で生活をしているんだ? 私の父と同じように人間が好きなのか?」と尋ねた。


「いいや、むしろ嫌っている。彼が人間の村に住むようになったのは、邪道の情報を集めるためだ。そういうことだから、絳祐のことを話せばきっと力になってくれる」

「そう……」


 彼女がしみじみと呟くので「どうかしたか?」と尋ねると、「……何でもない。それより、どうやってその村までいけばいい?」と言う。


「後で地図を描こう。それと唯一分かる隠密の場所も」


 茜は頷いたあと、「ところで」と俺に真面目な顔を向ける。


「銀星がそこまで分かっているなら、桜がここにいる必要はなかったのでは?」

「……」


 俺はちらと天狐を見たが、奴は話がどうでもよくなったのか、囲炉裏の火をすました顔でじっと見つめている。

 天狐が付いてきてしまったのは、俺が「充のところに行く」と言ってしまったからだ。とはいえ、俺がどうこうできる奴じゃないのは茜も分かっているはずだが、沙羅の件もあって最近遠慮がない。


「でも、変化術のことは桜に聞かないといけないよね……?」


 何かを察した充はそう言ってくれる。一理あるが、これからどこを旅するのかを話し合うだけなら、彼女の言う通りこの場に天狐はいらない。というより、はっきりいって邪魔である。

 しかし仮に言ったとしても諦める天狐ではないので、「それは俺が言えることじゃない」と答えた。そして立ち上がると、土間の方へ向かう。


「銀星、どうしたの?」


 充の呼びかけに俺は振り返って答えた。


「話は終わった。帰る」


 充とだけ話すのならいいが、茜と天狐の間を取り繕うのは面倒すぎる。


「え、でもお茶とか……」


 充が俺に気を利かせて言ってくれる。だが、「充、銀星は帰ると言っているんだ。気にする必要ない」と天狐が阿呆なことを言う。本当にお前は……。


「用は終わった。じゃあな」


 俺は呆れながら戸を閉めて出て行く。最近どうも天狐のお守りをしてきているようでならない。

絳祐こうゆうの娘が鷹山に入った。鍛えておやり」と笑って俺を鷹山に置いた母に、一言文句を言いたいものである。

 だが、しばらく雪道を歩いていると、後ろから足音が近づいてくるのが聞こえた。振り返ると少し離れたところで、本来の姿に戻った天狐が歩いてくるのが見える。


「何で付いて来たんだ」


 追いついた天狐に素っ気なく言うと、彼は小首を傾げる。それと同時に桜色のさらりとした長髪が流れ、また、差していた若草色の番傘ばんがさからさらりと雪が落ちた。


「付いて来たかったのではない。お前が機嫌を悪くするから、充が追いかけようとしたのだ。だがこの雪のなかでは可哀かわいそうだろう。だから仕方なく私が出てきたんだ」

「……」


 嫌味を聞きながら「いっそのこと充が来てくれたほうがずっと良かったな」と思いため息をつくと、天狐は素早く俺の右手を取り手のひらに何かを載せた。


「ほら」


 白くて丸いそれは少し重みがある。俺の良く利く鼻には、甘い香りが感じられた。


饅頭まんじゅうだ。充が用意していてくれたらしい。それを銀星にやるのを忘れたからと言って追いかけようとしたのだ。分かったか?」


 むっとした口調で言われる。つまり「充のもてなしの気持ちを無下にしたこと」を怒っているのだ。

 確かにそれは悪いことをしたが、饅頭の話は聞いていないので仕方ない。しかも出てきたのは天狐と茜が口争いをしていたせいである。


「分かったが、不機嫌な調子で言わなくともいいだろうに」

「不機嫌なのは銀星の方だろう」

「……」


 俺はその一言に、目を見開いた。彼は好きな奴の機嫌でさえ、はかり間違えることがあるのに、まさか言い当てられるとは思いもしなかったのである。


「なんだ。鳩が豆鉄砲を食ったような顔をして」


 だが、本人は気づいていないようである。これは言っても無駄だろう。


「いや……別に。それより、俺が不機嫌だったのは天狐が茜に突っかかっていたからだ。見ている方は気分が悪い」

「それは私ではなく茜がいけないのだろう」


 まだ言うか……。

 つんとした表情をした彼が鷹山の奥に向かって歩き始めるので、俺もそれに付いて行った。


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