第2話 魔族の少女、シャロ

 城に残っていた三人はいずれも年配で、今更別の土地に移るくらいならここに残ろうと考えている者たちだった。

 さすがにそれほどの生産性は望めない。

 それに城下町に住んでいる住人達も同様に年配の方が多い。



「早急に住人を……、それも若い住人を増やす必要があるな。そのためにはしっかり金払いの良い仕事を与える必要がある。仕事自体はいくらでもあるが金が心許ない。とにかく今は種族や年齢問わずに、どんな奴でも使える奴は引き立てていこう」



 方針を決めたあと、早速城下町に埋もれた人材がいないかを探し始める。

 ただ、働き盛りの人間はやはりこの国を去っている。



「はぁ……。まぁ、わかっていたことだな。とりあえず他の人を探して――おやっ?」



 ため息交じりに城へと戻っていこうとすると、ちょうど町の中へ入ってきた少女を見かける。

 白銀の長い髪、薄い青の瞳、小柄な背丈。ボロボロのマントに身を包み、たくさんの荷物を持って息を切らしている。

 そして、何より人とは違う魔力の気配――。



「魔族か……」



 珍しいな……。

 魔族は好戦的なやつが多いので、人との争いが絶えずに起こっている。

 やはり恐怖の対象ということもあり、人の町へとやってきた魔族は例に漏れずに迫害されることになる。


 まぁ、たまに自分の力を見せつけるために単身で乗り込んでくる魔族はいるが――。

 ただ、あの少女がそういう力を見せつけたいような魔族には見えなかった。


 つまり、迫害されるとわかっていながら、わざわざ町へとやってきたことになる。



 魔族の国にいられなくなったのだろう。

 その理由はわからないが、魔族の特徴たる角がないところを見ると何かトラブルがあったのだろうと言うことは予想できた。


 まぁ、そんなことは関係ないか。

 ちょうど欲しかった若い子だ。


 早速少女に話しかける。



「この国に一体何の用だ?」

「きゃっ!?」



 突然声をかけたからか、少女は驚きの声を上げていた。



「あっ、悪い……」

「いえ、私の方こそ驚いてしまって申し訳ありません。この国のお方……でしょうか?」

「あぁ、俺はアルフだ」



 この国について知っている人間は俺の名前を聞いたらハッとなるはず。

 しかし、少女は特に気にした様子はなかった。



「そうなのですね。私はシャロ・ティル……。えっと、シャロ・ティルラーです。その、この国に住みたくてやってきたのですけど、えっと、どこに話しに行けば良いかわかりますか?」

「いや、わざわざ話しに行かなくていいぞ。それでどうして魔族であるお前がこの町に住みたいんだ?」

「……っ!?」



 シャロが一歩後ろに下がり、ギュッと服を握りしめる。

 その表情は『どうしてわかったの?』って訴えかけてきていた。



「簡単なことだ。お前から魔族特有の魔力が流れているからな」



 それを聞いた瞬間にシャロが何もない頭を押さえていた。



「そういえば魔族は角で魔力を調整する……という話を聞いたことがあるな。つまり、角がないお前はろくに制御できないということか……」

「うっ……、そ、それで私をどうするの?」



 怯えた表情を浮かべながら少しずつ後ろに下がっていた。



「別にどうもしない。ただ、この国に不利益を与えることがあるかもしれないからな。念のために確認させてもらってるだけだ」



 腕を組みながら応えるとシャロは目を大きく見開いていた。



「えっ? それってどういう――」

「いや、この国に住むのだろう? ならちゃんとした奴か調べるのは俺の仕事だ」

「あっ、す、住まわせてもらえるのですか? 魔族の私を……」

「もちろんだろう? 別に断る理由もない」

「で、でも、魔族だから……」

「魔族でも使える奴はしっかり雇う。それが普通だろう?」

「あっ、わ、私、魔法とか使えないですよ? 出来ることなんて限られてると思いますけど……」

「いや、今は人手が足りていないからな。それで何が出来る?」

「え、えっと……、そ、その……料理が少し得意であとは家事一式……。それと政務の補佐を少々……」

「よし、十分だ。当面は俺の補佐として頑張ってくれ!」

「わかりました。頑張ります! ……アルフ様の補佐?」

「あぁ、俺はこの国の執務を担当している第一王子、アルフ・ユールゲンだ」

「お、お、王子様だったのですか!? こ、これは無礼な態度を申し訳ありません――」

「いや、その程度のことは気にしなくていい。お前について国民が何か言ってきたら俺が守ってやる。だから俺のために働くといい」

「はいっ、頑張ります!」


 グッと手を握りしめるシャロ。

 気合いを入れてくれることは良いことだ。この調子で最終的には細かい仕事を任せられると良いな。



「あっ……。私、魔王の娘なんですよ。多分、魔王が攻めてくると思いますけど、でも大丈夫ですよね? アルフ様に任せておけば良いんですよね?」



 魔王の娘……。

 そこで動きが止まる。



「なんでその大事なことを先に言わないんだ!!」

「ご、ごめんなさい……。そのことを言ったら断られるかと思って――」

「いや、それがわかってたら最初のやりとりを省略できたのに――。余計な手間を取らせやがって……」

「手間?」

「だってそうだろう? お前が抱えてる問題点である魔王がわざわざ向こうから来てくれるんだろう? 一瞬で問題が解決できるじゃないか」

「……ま、まさか魔王と戦うつもりですか? そんな……、勇者じゃないのですからまともに戦っても勝てませんよ?」

「どうせ追ってくるのは魔王本人ではないのだろう? ならばどうにでもなる。まぁ、見ていろ」

「……わかりました」



 少し不安げな表情を見せるシャロに対して、俺はただ笑みを浮かべていた。



◇■◇■◇■



 魔王城の食堂。

 食事中の魔王に対して、別の魔族が慌てて報告をしていた。



「シャロの居場所がわかっただと!?」

「はっ、どうやら人間の町に身を潜めようとしているみたいで――」

「無駄なことを……。どうせすぐに追い出されるに決まっている。そこを捕まえて参れ。もし殺されそうになっていたらその場の人間を殺してでも助けて参れ。シャロの命が最優先だ!」

「かしこまりました、魔王様」

「それにしても我が娘ながら面倒なことを――。ただでさえろくに魔法を使うことが出来ないくせに……」



 魔王は目の前におかれた皿を眺める。

 そして、誰もいなくなったことを確認した後で露骨にため息を吐いていた。



「はぁ……、やはりシャロの飯じゃないと力が出ない……。どうして出て行ってしまったんだ……。やっぱり角がなかったからだろうな。魔族で角がないと迫害される。シャロもそれに耐えきれずに出て行ってしまったのだろう」



 影でシャロを迫害した奴は魔王が直々に締め上げていた。

 しかし、それでもシャロは過ごしづらかったのだろう。

 魔王の娘という重圧もあったのかもしれない。


 シャロの気持ちもわかりつつも出されていた料理を口にして、再びため息を吐く。



「はぁ……、早く帰ってきてくれないかな……」

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