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私は3本の指を開いた手を揺らして由紀子を見る。

私はクスっと口元を緩ませて肩を竦めた。


「テレビなんて、所詮は都合のいいことしか話さない」

「なんか冷めてるよね、千尋って」

「向こうにいい思い出なんて在りはしないから、そのせいかもしれない」


私は、ちょうど見えてきた喫茶店を指さした。


「ここ?」

「そう」


由紀子はそういって、カランコロンと音を立てた扉を抜けていく。

私もそれに続いた。


「あら、由紀子ちゃん、と千尋ちゃん」


店のマスターは私のことを知っている。

朝、偶に散歩で会うから、挨拶くらいはしていたからだ。


「千尋も来るの?」

「偶に」


そして、偶にカフェインを取り込みたいときにここに来る。

あいにく、平元家はコーヒーが苦手な人種だったから。


私達は店の奥の席で、適当なブレンドを注文した。

すぐに、それらは運ばれてきて、まずは一口、口に入れる。

それから、由紀子がゆっくりと、私を見て口を開いた。


「それで、相談事って?」

「いや、大したことじゃないんだけど…最近、千尋ってば怖い顔すること多いから、どうかしたのかなって」


由紀子は少し遠慮がちに言った。


「何も」

「まさか」


由紀子は確信を得たように言う。

私も、ポーカーフェイスに事欠けては、誰にも見破られない自信があったから、すまし顔で彼女を見返した。


「うちの母親がね、図書館で千尋を見かけたんだって」


すると、彼女は切り口を変えてきたのか、少しズレた話題を出す。


「…そう、夏休みは、定期的に通ってる」


私は、不思議に思いながらも、話を合わせた。


「そこで、熱心に本を読んでるって言ってた」


幸い、由紀子の母親には富岡教授との談話は見られていないらしい。


「少し気になることがあってね…でも、もう自分の答えは出たよ」

「そう…なんか、この前の花火の日の夜に言ったことを引きづってるのかなって思って」

「確かに引きづってたよ、話が本当なら、浩司は例大祭の後、この町に居なかったことになるんだから」


私はコーヒーカップを左手に持って、言う。


「いや、あれは…多分私の見間違いで…」


一番、あの話を真に受けていたのは、由紀子のほうじゃないか。

私は口に出さずとも、彼女の狼狽え具合から察した。


彼女に、教授に行ったような顛末を言うには、酷だろう。

私は少しの間、思考の海に潜る。


ふと彼女を見ると、じっと私を見て固まっていた。


「その顔」

「?」

「学校じゃ見たことない顔…確かに、千尋は無表情だけど、その…うまく言えないけど、暗い顔してる」

「…」

「昔の母さんにそっくりよ」


私は由紀子が、合点がいったといわんばかりの納得した表情をしているのをじっと見ていた。


「母さんはね、人に言えないようなことをポツポツ考えてるときにそうなるの。目がずーっと暗くなって、顔は蝋で固めたみたいになる。千尋もそうだよ」

「……」


そう言うと、由紀子は少し眉尻を下げた。


「まだ、千尋とは壁がある気がして…」

「……なら、由紀子には言っておくよ」


私は、ふと見せた由紀子の悲しげな表情を消そうと、咄嗟に言う。


「正直、この町に来てから、僕は猫被ってたってのは認める」

「え?僕?」

「向こうで、ちょっとした事情があってね、昔から一人称は僕なんだ、私っていうのは、この町に来てから使い始めた」


そういって、私は裏を隠した、東京での自分を語ることにした。

結局、嘘を嘘で固める真似だけれど、バックボーンを知らない由紀子にとってはそれは知る由もない。


いくつかのエピソードを(5割は嘘だ)語っていくうちに、由紀子は私のことを少しは察することができたのだろう。

私を見る目が、畏怖からどこか思慕を感じるようになった。


彼女はこの町の生まれ育ち。

人付き合いだって、ここで完結しているはずだ。

そんな彼女からすれば、私は得体のしれないよそ者。

それが、話さない、表情を変えないの不気味な女ときたら、彼女の気持ちは、まぁ分からなくもない。


話しているうちに、私は彼女に一種の尊敬の念が浮かんだ。

この子になら、全て打ち明けてもいいと思えるくらい。


それは遠い未来までないだろうが。


「向こうではね、僕は友達なんていなかったんだ」

「え?」

「喋らないし、じっとしてることが多いから」

「まぁ……今もそうだけど…」

「今度からは、ある程度素で居られるようにする…一人称も、やっぱり僕のほうが楽だ」


私は、初めてここまで饒舌に口を滑らせたものだと、自画自賛。ある意味で自嘲しながら語った。


「だから、さ。僕のこと、そんな怖がるような目で見ないで欲しいかな」

「ごめん…どこかで千尋のこと、別世界の人とでも思ってたから…」

「前にも言ってたじゃない。僕を笑顔にするんだろう?」


私は決め台詞にと、少し前よりは上がるようになった口角を釣り上げて言った。



「さて、千尋」

「何?」


私は片手にフランクフルト、もう一方に瓶ラムネを持って、私を呼んだ浩司を見た。

暑さ対策に持ったはずのうちわは、浴衣の帯に挟んだまま、一度も役目をはたしていない。


「最初から飛ばしすぎだぞ、その調子で飲んでっと腹壊すぜ」

「暖かいものでバランスをとってる。私は丈夫だから」


そういって、浩司の横で、商店街の人たちや港の人が出す屋台の前を歩いていた。


「浩司、問題はそこじゃないでしょ」

「?」


私の後ろにいた由紀子が、私の横に出てきて言う。


「千尋ってさ、太らないの?」

「体質」


私はそういうと、あっという間にフランクフルトを食べつくし、残った木の棒を煙草のように咥えた。


「僕は祭りに来るのが初めてだから、見るものが全部美味しそうに見えるし、新鮮に見える」

「そうかい、ただな、祭りってのはそうバカ食いするためのもんじゃねぇからな?」

「……」


私は、前でヨーヨー釣りをしに行った義昭と加奈を見てうなづいた。

なるほど、そういう遊びもあるものか。


私は視線を泳がせて、ふと一点に目を止める。


「ならあれは?」

「あん?射的か?」

「そう」


私はフラフラと射的屋の方に歩いていく。


「やめとけやめとけ、あそこのオッサンは商品くっつけて倒れないようにしてんだ」

「でも、こういうのは雰囲気でしょう?」


私は祭りに来る前に言われた言葉を言って、お金を出した。


「50円で5発だぜ」

「なら、100円で」


そういって私はコルク銃を受け取る。

さっとコルクを込めて、狙いをつける。


駄菓子のタワー。

おもちゃの箱のタワー。

なるほど、それらを少しくっつけて、簡単には落ちないようにしているわけだ。


私は狙いをつけながら、タワーの1列目を狙う。

左右にある、箱の半分上に、2段目が乗っているところ。

そこなら弱いだろう。


パン!


「お?」

「やるじゃないか!」


私は崩れたタワーを見ると、何事もなかったかのようにタマを込める。

次も、同じように…


「で、その袋は?」

「戦利品…由紀子もいくつか取ってっていいよ」


私はぐるぐる模様の丸い飴を舐めながら言った。

結局、タワーを崩した後は、個別の品物を淡々と撃ち落としていき、最後にはおじさんから泣きが入って辞めることになったのだ。


「おっさん、茫然としてたな」

「そう?」


私は浩司に袋を押し付けると、フラッと別の屋台に向かっていく。

背後から彼の呆れ声が聞こえてきた。


それから、義昭や加奈とピンボールで対決したり、カタヌキをして見たりと、夜の闇がすっかり染まりきるまで遊びつくした。


「さて、そろそろ浜に行こうぜ」

「そうね、千尋は今度こそ落ちないようにね」


5人でスイカ割りをした浜辺を目指す。

そろそろ、花火大会の時間だ。

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