転生するということ その6

「……」

「……」


地図が示す先はマジマの職場。到着するまで、私たちのあいだに会話は一切ありませんでした。重すぎる……。

 そして、静かにしているからこそ、


「見て、あれ」

「すげぇ。コスプレ外国人じゃん」

「アキバ行くのかな、アキバ」

「でも掃除機持ったバーテンダーってなんのコスプレ?」

「確かに。普通メイドさんよね」


周りがこっち見てヒソヒソ話してるのすっげぇ聞こえる! こら! 私ら珍獣じゃねぇぞ!

にしても驚きましたよね。いつも「転生者の皆さん、こっちの言葉覚えるの早いなぁ〜」なんて思ってましたが、話す言葉一緒だったんですね。アキバは分かりませんけど、言われてること大体は分かります。書く文字は別物なのにね。

 それが幸いしたのか、


「あの、ここ行きたいんですけど……」

「えっ、待って。掃除機に液晶マップ付いてる!」

「あの……」

「あぁ、はい。それだったら、まっすぐ行ったら地下鉄の駅があるので、丸の内線の……」

「チバテツヤ? マクノウチ?」

「あ、電車です」

「電車⁉︎」

「あのトラノスケさんが言ってた伝説の⁉︎」

「えぇ……、今時外国人でも、電車知らない人いる……?」


質問ができるし、しかも現地人親切。電車の乗り方を教えてくださいました。なぜかドン引きでしたが。

 なお、



「あー、すいませんお客さま。日本円じゃないと切符買えないんですよ」

「「そんな⁉︎」」






「遠かった……」

「おのれオーナー……」


結局長距離を歩いて目的地に着いた私たち。


「にしても」

「ビルって言うんだっけ?」

「デカいねー」

「ねー」


トニコの中身がない話題に、頭使ってない返事をする私。こっちの世界じゃ見かけないサイズ感、じっくり観光したい気もしますが、今はとにかく早く終わらせて帰りたい!

自動ドア(すごい!)にビビり散らしながらもロビーに入り、回収スイッチ、オン!


「……」

「……また? モノノちゃんスイッチ入れてる?」

「入れてるよ! 今度は中に入ったのに、なんで吸えないんだよ!」

「あっ、モノノちゃん!」

「何!」


トニコが何やら看板を指さします。読めない。


「勤め先は14階15階部分だけらしいよ」

「えっ、それはつまり……」

「階段……上る……」

「仕事のたびにとか、よく現地人耐えられるな!」

「どうりで転生者さんは戦闘民族なんだネ!」

「トラノスケさん以外ね!」

「……」

「……」



「「……はぁ」」



エレベーターなる文明の利器があるのは、帰ってから知りました。






「ゼェ、ゼェ……」

「はぁ、はぁ……」

「……じゃあ始めましょうかねぇトニコさん‼︎」

「やっておしまいモノノさん‼︎」


しんどさが怒りに変わって、妙なテンションになってきた私たち。魔術具にも伝わったのか、唸りをあげて記憶を吸い込みます。

……妻、娘、マイホーム3つがかりと、仕事場が同じくらい吸い込むのに時間かかったのは、ちょっと虚しく感じました。人ってなんのために生きてるんでしょうね……?

いや、たくさんの同僚たちの分ということにしておきましょう。


「っしゃあ! 終わったぁ! 次だ次ぃ!」

「オラッ! さっさと地図出さんかいロボ公!」


私たちが態度悪く魔術具に絡んでいると(ごめんね)、若い男女数人の会話する声が。

思わず廊下から階段へ隠れた私たちに気づかず、彼らはエレベーターを呼びます。くそぅ、これを当時知っていれば、あんな苦労は……!


と、あの時は悔しがることもできなかった私の耳に、会話の内容が聞こえてきました。いや、そんな、聞き耳立ててたとかじゃないのよ? ホント、そんなこと。


「でも、なんか、実感湧かないよなぁ……」

「だよね。マジマさん、あんな急に」

「毎回始業時間になっても空席のデスク見て、『あっ、もういないんだ』ってなる」

「みんな忙しくて片付けないから、いまだに仕事に来てそうな感じするのよね」

「なんかさ、正面の見晴らしがいいのって、こんな寂しいもんなんだな……」

「にしたってマジマさん、無念だったろうなぁ」

「それはねぇ。あんなに情熱かけてたプロジェクトが、ようやく実るって時だったのに……」


みんな口々に、戸惑いと哀悼を口に出します。しかしそれも束の間、集団の先頭だった男が振り返りました。


「だからこそ、俺らチームマジマで! 絶対にプロジェクト成功させっぞ! でないとあの人、成仏できないからな!」

「そうだそうだ! オフィスに化けて出ちまう!」

「出るなら家族のとこに出てもらわないとね!」

「それが私たちにできる、一番の恩返しよね!」


 そのまま彼らは、エイエイオーなんて言いながら、到着したエレベーターの中へ乗り込んでいきました。

私とトニコはというと、


「……意外とデキる男だったんだね、あの人」

「しかも結構、人望あるタイプだったんだね」

「そんなふうには見えなかったけど」

「すごく冴えない感じだったけど」


もちろん家族との思い出が一番に決まっています。が、職場に思い出がいっぱいなのも、悪くない人生なのかも。そう思ったのでした。



「で、次はどこ行ったらいいの?」

「ちょっと待ってねー。今地図出すから」


余韻を噛み締めつつ魔術具を弄るトニコでしたが(操作に詳しいんだから、おまえが魔術具持っとけよ)、急にピタッと止まりました。


「ちょっと、どうしたの?」

「……」

「トニコ! トニコ⁉︎」

「モノノちゃん……」


トニコはゆっくり顔を上げると、こちらへ液晶を向けました。



「次の行き先はマジマの実家、ヤマナシ県コーフ市です……」



「え、それってどういうこと……?」

「さぁてモノノちゃんに問題。今まで移動距離の、何倍遠いと思う……?」



「いやああああああ‼︎‼︎‼︎」

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