第二次元種接近遭遇 その3

 その晩、私は二階の面接室でクロードさんと話し合いました。


「本当に、これでいいんですね……?」

『はい(ポポポポ)』


今後クロードさんには、一人用のクエストに行ってもらう、ということについて。



 お一人さまクエスト。ハッキリ言ってショボいクエストが多いです。『ウチが最強ギルドだから』というよりは『最寄もよりのギルドだから』寄せられた、正直どこでもこなせるクエスト。

本当は一人送ればけど、大きい組織やら高いご身分相手の体裁として一応パーティーを組み、『わざわざ人数を割くほど、あなた方を尊重していますよ』と気持ちを示す。その必要もないクエスト。


だから報酬も少ない、やる旨みがないクエスト。

誰もやらない、あまりがちなクエスト。

トラノスケさんが一時期好んでやっていたクエスト。

お腹壊して以来、またしかやらなくなったクエスト……。



 それしか仕事を回さないということについて、話し合ったのです。


「皆さん、悪気はないんです。でも本当にごめんなさい」

『仕方ねぇよ……』


クロードさんはポリゴンを動かし、ぎこちなく笑いました。


「悲しい、ボイスはあるんですね」

『制作者がドヤ顔で出すムービーシーンは、大体悲しいですから(ポポポポ)』

「ふふっ。そんなものですか」


私が思わず笑ってしまうと、クロードさんのポリゴンも少し柔らかく動きました。


『やっと、笑ってくれましたね(ポポポポ)』

「えっ?」


さっきまでボンヤリ椅子に座っていた彼が、しっかりテーブルに身を乗り出します。


『僕のことはいいんです。ゲームととじゃ、擦り合わせられないことがあるのは、最初から分かっていたから。だからこそ、僕はあなたのことだけが気がかりだった(ポポポポ)』

「私……?」

『僕をスカウトしてきたのはオーナーだし、彼は住む世界の違いを「気にしない」と言った。だけど、この世界に来てから僕に、一番親身にしてくれたのはあなただ。初対面で僕との違いを素直に気にしたうえで、真剣に向き合ってマネジメントしたり気にかけてくれたのは、モノノさん、あなただけなんだ(ポポポポ)』

「そ、そんなこと……」


照れていいのかどうなのか分からず口ごもる私の手を、クロードさんはギュッと握りました。

ポリゴン体だって、触れると優しいんだ。


『だからこそ僕は、自分が周りとうまくやれないことより、それであなたが悲しそうな顔をするのが辛かった(ポポポポ)』

「クロードさん……!」

『だから、ようやく笑ってくれて、僕は嬉しい(ポポポポ)』


彼はそっと手を離すと、ニッコリ笑顔を浮かべました。ムービー用でしょうか、底抜けに明るい笑顔。


『それに、僕は知ってるんだ。そういう誰も見向きもしない、マネジメントすると嫌な顔されるクエストが残りがちで、あなたは頭を悩ませているってこと。それを解決できるなら、僕にはこれほど嬉しいクエスト報酬はない。飲み食い不要な、生活費のいらない体だからね(ポポポポ)』


なんということでしょう。クロードさんは自分が一番辛くて悲しいはずなのに、決して折れずに前を向き、私のことまで励ましてくれたのです。


『泣かないで(ポポポポ)』


その文章を見て、私は初めて頬が濡れていることに気づきました。


「ク、クロー、ド、さん……」


彼は私にハンカチを差し出すと、通りのいいイケメンボイスで、大きめにされた音量設定で宣言しました。



『ま、こんな人生も悪くねぇよ。おまえと一緒ならな』



「……ふふ。『アイダーッ‼︎』に怒られますよ?」

『はっはっはっはっはっ!』


こうして私たちは二人の間だけの、内緒の納得をもって平和な着地点を見つけたのです。






 が、クロードさんが一人用クエストを引き受けて一ヶ月ほど経ったある日。

そのな平和は、突如危機にさらされたのです。


オーナーは私を部屋へ呼び出すなり、資料片手に切り出しました。


「最近のクロードくんのことなんだけどさぁ」

「彼がなにか……」


資料をパラパラやりながら、彼は少し低い声を出しました。


「最近お安いクエストばっかりで、正直業績上がってないねぇ」

「そ、それは……!」


その扱いはあんまりです! 私はクロードさんに何があったか、事情を必死に説明しました。


ですが、それは逆効果だったようです。オーナーは資料を机に置き、ため息をつきました。


「そうか。彼、周りとうまくいってないのか。他の冒険者も困ってるし、彼自身も仕方ないと思ってるのか……。悪いことしちゃったねぇ」

「は、はい?」

「じゃあ……」


オーナーは机に両肘突いて呟きました。



「彼は元の世界へ帰してあげようか」

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