『にんげんだもん』ものを その4

「グルルアァッ‼︎」


フェンリル、とまではいきませんが、じゅうぶん大型のグレーウルフ。

本来夜行性の魔物が昼間に現れた理由なんて一つ。

え? 昼夜逆転? そんな、人間じゃあるまいし。ただ一つの理由、それは


『腹が空いて、起き出してきてしまった』に他なりません。


やっぱり昼夜逆転じゃないか、って? 細かいこと言うなよ、ってか、言ってる場合じゃないですよ。

だって、危険な魔物が腹ペコなんですから、


「あ、あ、あ……」

「グギャアオオ‼︎」


目の前に腰を抜かした少女食事があったら、どうするかなんて明白でしょう? 荒い鼻息吐息を吹き出しながら、少女の指より長い牙の揃う顔面を近付けます。さぞ本能的に忌避感が働く、生臭いにおいがしたことでしょう。差し詰め死臭と言ったところでしょうか。


「あ、ひ……!」


歯の根も合わず涙腺も壊れた少女は、いったい何を思ったのでしょう。いえ、たぶん何かを思うほど思考力は生きていなかったと思います。

でも、ただ死を待つのみの運命なら、その方が幸せかもしれません。あとはせめて、痛覚も麻痺してくれていたなら……。



 この状況に、もう一人大混乱をきたしている人がいました。

そう、トラノスケさんです。


「あ、ああ……、やめろ……」


母思いの優しい少女が、魔物に襲われそうになっている。母を助けるため薬草を採りにきたのに、それが仇となろうとしている。『危ない目には遭わせない』と約束した、母親の元へ無事返すと誓った少女が、命を奪われようとしている。


「やめろ……」


(僕は……)



「ガアッ!」



ついに魔物が大きな口を、引き裂けんばかりに上下へ。


(僕は……!)


瞬間、トラノスケさんので、何かブチッと音が鳴った、ような気がしたそうです。



「やめろぉぉぉ‼︎」



彼はもう無我夢中、回収途中だったナイフを力一杯投げました。それは女神が人のために与えたもうたチートスキルか、はたまた彼の土壇場での意思の力か、銀の閃光となって真っ直ぐ飛んでいきます。


「グギャッ⁉︎」


百発百中、あやまたず眉間を穿うがつ光の矢。魔物はあっさり、意外にも短く冴えない呻きだけをあげて、そのまま横倒しに動かなくなりました。


「あ、あ……」

「大丈夫かい⁉︎」

「あぁぁーんっ‼︎」


間一髪、その顎門あぎとで少女を捉える前に。


「よしよし、怖かったね。もう大丈夫だからね」

「あぁーっ! あうっ! あっ!」


駆け寄ったトラノスケさんに、泣きじゃくりすがり付く少女。彼女の頭を撫でてやりながら、


「あ……」


ちょっと遅れて、彼はあることに気が付いたのでした。



(僕、魔物を殺したんだな……)


(殺せ、たんだな、ついに……)



喜んでいいのか、悲しむべきなのか。トラノスケさん自身心の整理が付かなくて。

少女が泣き止むのを待つという名目で、ずっと頭を撫でてやりながら、ぼんやり空を見上げ続けたのでした。






 それから一ヶ月ほど。


「それじゃあ、行ってきます!」

「はい、行ってらっしゃい!」


あれ以来自信を付けた、というか、本人曰く


「命を奪うことに忌避感は、正直まだあります。でも、それが誰かの助けになるということ。そうしないと助けられない時もあること。そうしてでも助けるべき命があるということ。僕は知りました。そのために、たとえ危険で命のやり取りをするクエストであっても、僕は誰かのために立ち向かっていきたい」


という心境の変化を迎えたトラノスケさん。今まで避けていた魔物討伐系のクエストにも取り組んでくださるようになったのです!

最初は近場の簡単なクエストから慣れさせて、今回とうとう、初の遠征です。


「じゃあ、行くか」

「はいっ! よろしくお願いします!」

「頼りにしているよ、坊や」


同行するのは、いつかと同じマルカントニオさんにガリオさん。しかしあの日と違うのは、今やトラノスケさんがお二人も認める戦士だということ。

と半歩後ろ、ではなく堂々と肩を並べて、三人は眩しい朝の日差しの中を旅立っていきます。


「……成長したなぁ」


私はじっと、その眩しい姿を見送るのでした。






 そして二日後。


「うっ、うぅ〜! 痛い……!」

「えぇ……」


トラノスケさんは初の長旅に体が耐えられず、途中でお腹を壊して送り返されてきました。


そりゃ、清潔な大都会で育ったが、転生したチートスキルもらった魔物倒したなんかで、急に冒険できるようになるわけありませんよね……。



はぁ……。






『本日の申し送り:チートスキルの前に、“人間は環境に適応する生き物”という標準スキルを使いましょう   モノノ・アワレー』






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