第9話
目が覚めたんだ。
どうも此処はカフェらしい。
そして地下にある店なのだろう。
窓があるにはあるが、窓の向こうに見えるのは、こっちを見つめてる子猫ちゃんさ。
驚いたね、目が覚めた途端に窓の向こうの子猫ちゃんと目が合ったんだよ。
よく見ると、ただの写真さ。
そして、他に外界と接することができるのは、出入り口なのだろう小さな木戸だけだ。
完全な閉鎖空間だね。
多分、あの木戸の向こうにあるのは外界に出れる階段なのだろう。
たった一つの出入り口ってところかな。
私は、煙草ではなく葉巻を燻らしていたよ。
他人事みたいに言うけど、本当さ、何んで葉巻を燻らせているのか? 当の本人が分かっちゃいないんだから。
そして、おいおい、びっくりするぜ。
カウンターの上に置かれているのはカップに入った珈琲ってわけさ。
しかもだ、いつ頼んだのか知らないが、湯気を立てていやがる。
転がって行っちまった缶珈琲の代わりにしちゃ妙に洒落ているじゃないか。
私は、顔を動かさずに周りに目配りしたね。
当然だろ?
突然に眠ったと思ったら、今度は知らない店で、暖かい珈琲カップの前で葉巻を燻らせながら目覚めるんだ。
怪しい、いや、怪しいどころの話じゃないぜ。
おかしい、何かが狂った。
場所か?時間か?
兎に角、何かが狂っちまったのさ、これだけは間違いない。
目配せの中で瞳に入ってきたのは、カウンターの向こう側、向かって右側、距離にして約2メートル、椅子が三つ分空いている。
そこにカップを磨いている此の店のマスターらしき人物。
その向かい側で煙草を燻らせている人物が一人。
他には?
誰もいない。
そしてその二人、どちらも一癖ありそうな匂いが漂っているさ。
いや、違うな、此の匂いは。
葉巻の香りに混じって入ってくるのは焦げた葉っぱの匂いだ。
マリファナか?
こんな簡単に葉っぱを燻らせれる店なら、此処は組織の秘密の場所か?
そうで無いとすれば、葉っぱが合法的に許されている国、そう、海外か?
私は海外にトリップさせられてしまったのか?
私は、全く動揺などしていない素振りを見せながら、此の状況の整理をしようとしている。
勿論、目の端に写っている二人の男を捉えたままでだ。
カウンターの前に座った男がマスター、いや、組織の人間? に何か目で合図しているような気配を感じた。
ちょいの間を置いてマスターらしき男が私に声を掛けてくる。
「あんた、目覚めたようだね」
可笑しいじゃないか、笑えるね。
私は、知らぬ間に此処へ何者かに連れてこられてカウンターの前に座っていたのだと思っていたが、そうじゃなかったのかい?
此の店のカウンターの前でも眠っていたと言うのかい?
此の状況が笑わずにいられるかい?
私の前には、今では冷めかけた珈琲が置いてあるし、それどころか葉巻を人差し指と親指で挟んでいるんだ。
眠りながらできるような芸当じゃない。
「ああ、突然眠くなってね、どれくらい眠っていたか分かるかい?」
私は目の前の窓の向こうにある子猫の目を見ている振りをしながら尋ねてみたね。
これが何度目の驚きになるか数えちゃいないが、また驚いたよ。
子猫の目は瞳じゃなかったのさ。
かなり小さなレンズだ。
おいおい、隠しカメラまであるのかい?
私の質問に対してカウンターの前に座っている男が大袈裟に両手を広げたよ。
まるで馬鹿にされているような気分さ。
これが以前の職業なら上着で隠してあるシングルアクションのコルトに手を回していたね。
腹立ちまぎれに撃つんじゃない。
危険を感じたからさ。
「此処へ来た時の事を覚えていないのか」
「ああ、どうも昨日飲みすぎた酒が残っているようでね」
するとまた例の男が口を挟んできた。
「思い出させてやろうか?」
冗談じゃない。
こちとら丸腰なんだ。
丸腰でかなうような相手だなんてとても思えない。
ただ、一つだけ安心できるのは、全体的に体の一部に膨らみがない。
要するに相手も丸腰かもしれないってことさ。
ただし、弾丸一発だけの小型の拳銃を、私とは反対側のポケットに忍び込ませているかもしれない。
そうなれば、奴の動きをようく見て、珈琲カップを投げつけるか、カウンターを蹴って後ろへ飛び退くかだ。
危険が迫った時の自分の動きを想定しながら、私も大袈裟に手を広げてやった。
妙な緊張感が漂っている中、マスターが何気なく言う。
「お客さんなんだ、抑えろ」
間違いなく例の男に言ったね。
そう思いたかっただけかもしれないがね。
私は葉巻を口元に持っていったよ。
奴がもっと近くにいたなら、奴の手の上で葉巻の火を消してやることもできるんだが。
そう思ったね。
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