第2話 カッコつけたいお年頃

 次に目が覚めたとき、2人はまったく知らない場所に立っていた。


 舗装されていない砂の道。通りすがる馬車。昼間から大盛況の酒場。


 空を見上げれば、ドラゴンが飛んでいた。


 明らかに、自分たちの知っている世界ではない。そうひめは思った。


「というわけで、めでたく同じ世界に来れたね」隣に立つレイが、「この世界でもよろしく、ひめさん」

「こちらこそよろしくお願いします。レイくん」


 一ノ前いちのまえレイ。小柄で中性的な、よく女の子に間違われる少年。サラサラの髪の毛と、常に自信たっぷりな言動が特徴。


 ひめひめ。スラッとした長身の、長髪少女。フワフワした雰囲気で、覇気というものが一切感じられない。


 自他共に認めるバカップルの2人が異世界転生。

 果たしてこれからどうなることやら。


「さてと……これからどうしようか」

「そうですね……レイくんに任せますよ」

「ありがとう。じゃあ、とりあえず散歩でもしようか。このあたりの通貨とか人間とか種族とか……気になるし」

「わかりました」

「じゃあさっそく――」言葉の途中で、レイは耳をすませる。「……」

「……」ひめも感づいたようで、「……誰か、襲われてますね。小さな女の子、ですかね」


 2人が感じ取ったのは、小さな悲鳴。それは常人なら聞き逃すであろう、極小の悲鳴だった。


 おそらくかなり遠くの悲鳴。それを聞き分けられるほど、2人の聴力は高い。


「行こうか」

「そうですね」


 そして、聞いてしまったからには助けに行かないといけない性分なのだ。


 とある事情で、2人とも人助けがしたい。それは優しいからとか慈悲深いからとか、そういう理由ではない。


 もっと利己的で自分本位の事情で、2人は人助けがしたい。


 悲鳴の方向に向かって、しばらく歩く。


 薄暗い路地裏だった。人通りがまるでない、陽の光の届かない路地裏。


 そんな場所で、


「おいおい見ろよ」数人の男たちが、小さな少女を囲んでいた。「こいつの頭……やっぱり魔物なんだぜ、こいつ」

「そうだなぁ」男の1人が手の指を鳴らしながら、「その頭のツノ……仮装だって言い訳してみるか?」


 見ると、壁際で怯えている少女の頭には2本のツノが生えていた。

 いつもはローブで隠しているのだろうが、今は男たちにローブを剥ぎ取られたようだった、


「魔物なんて殺しても無罪だろ」リーダー格の男が、「お前らに多くの人間が殺されたんだ。こっちだって殺してやりてぇよ」

「や……やめて……」少女は壁際にへたり込んで、「わ、私は……私は戦争なんて知らなくて……その……」

「言い訳か? やっぱり魔物は見苦しいな」


 男たちはさらに威圧的に少女に迫っていく。 


 そして、その少女と男たちの間に、


「ストップ」レイが割って入った。「どうしたのお兄さんたち。そんなに怒って」

「あ……? なんだお前……」男たちは突然現れたレイに困惑しつつ、「邪魔するなよ。俺達は今から正義の鉄槌を振り下ろすんだからな」

「正義の鉄槌?」レイは一瞬背後の少女を見て、「この女の子が、なにかしたの?」

「なんだお前……そんなことも知らないのか?」

「失礼。ついさっき、この世界に来たばかりなもので」

「はぁ? なにわけのわからないことを……」


 どうやら男たちはレイの言うことをまったく信じていないようだった。


 それもそのはず。レイたちは他の世界から来たのだ。そんなことを信じるやつはそういない。


「ついこの間までな、人間たちは魔物と戦争してたんだよ。勇者様と女神の末裔ってのが魔王を倒すまで、人間は魔物と戦ってた」

「へぇ……それで、魔王が倒されて、どうなったの?」

「今は魔物たちは大人しくなってるよ。なんでも人間に友好的なドラゴンが統治を始めたとかなんとか……まぁ20年くらい前の話だがな」


 レイたちがこの世界に来る20年前に、戦争が終わっていたらしい。


 なんにせよ、名前も顔も知らない勇者たちが世界を平和にしてくれていたようだ。ひめからすれば感謝しかない。レイも同じ気持ちだろう。


「それで? 20年前に戦争が終わったのなら、この女の子は関係ないようにみえるけど?」


 少女は10歳かそこらに見える。魔物と人間の成長度合いが違うにしても、20年は生きてない気がする。


 なにより、この少女には敵意がない。人間に危害を加えようとしているようには、ひめには見えなかった。


「魔物に生まれただけで罪なんだよ。わかるだろ?」

「わからない。こっちはみんな、そんな価値観なの?」

「だろうな。魔物を嫌ってる人間は多数いる。そりゃ魔物に親を殺されたやつだっているんだから、当然だろう」


 ひめにとってはよくわからない話だった。レイも同じように首を傾げている。


 外国の人に親を殺された、だから未来永劫外国人を恨む。


 なくはないだろう。恨んでしまう気持ちも、多少はわかる。


 でも……関係がない気がする。今の魔物と、昔の魔物は違う。


 そもそも、


「魔物を殺したのは、人間も同じでしょ?」ひめの気持ちをレイが代弁してくれた。「戦争だったんだから、人間だって魔物を殺してる。じゃあ――」

「戦争を仕掛けてきたのは魔物なんだよ。俺たち人間は被害者なんだ。わかるか?」

「……あー……わかんない。ごめん……難しい話はわからない」


 戦争がどうとか。どっちが悪でどっちが正しいのか。

 そんなことはわからない。ひめにだってわからない。誰にだってわからない。


 とにかく、今言えることは、


「とりあえず……今、目の前で殴られようとしてる女の子は、見逃せないな」


 難しいことはわからない。だけれど、ここは助けなければならない。


「へぇ……カッコつけたいお年頃か?」

「うん」迷いなく、レイは言う。「好きな人の前でカッコつけたいの。だから、襲われる女の子は助けたいな」


 恋人にカッコいいところを見せたい。


 おそらくレイの行動理念は、それだけ。


「そりゃ残念だったな……」男たちは標的をレイに変えて、「お前が今から恋人に見せるのは……ボコボコにやられる醜態だ」

「そう……楽しみにしてるよ」


 異世界の人間の強さが、レイも気になっているのだろう。


 というわけで、異世界転生最初の戦い。開始である。

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