2つの正解の無い音楽会〜探偵がざまぁされる場合かあるとは聞いてないし

ざまぁPrologue〜あの日あの時、2人のモブが見た伝説

〜音楽を愛した男の思い出〜


 萎れている…一言で言えば今の私はそんな感じだ。

 もう50を越えた年齢…

 毎日、家から職場、職場から家…家に帰っても子供は独り立ちし、帰っても妻は一言も喋らない。


 妻とは音楽の趣味があって結婚した。

 そこから毎日一緒にいて、気付いたら子供が出来て、就職して、家庭が出来ていた。

 そこに不満は無い。

 だが妻はある時言った、貴方は変わったわね…と。

 日々の生活は、俺から感情を奪っていった。


 …そういえば音楽を聞いてないな。

 妻と一緒に、世界で活躍するバンドの来日コンサートに行った事を思い出した。

 と言ってもチケットは高く、外で見ただけだが…それでも妻とこの上ない程興奮して、帰って一晩中語り明かしたな。


 いつから忘れてるんだろう、あの時、昂り。

 何故、こんなにも感情が動かないんだろう…

 本当の俺は…もう死んでるのではないか?

 もう終わってしまってるんじゃないか?

 今日の1日は一体何だったんだろう?


 そんな薄暗い気持ちのまま、渋谷の駅に向かう。

 

 無感情のまま帰路につく…と、何やらスクランブル交差点が騒がしい。

 また酔っぱらいでも突っ込んだのか?


 さして興味も無いが、向かう先が騒ぎの中心なのでふと覗く。


 歩行者天国になっていた。

 真ん中に大型のトラックが止まっている。

 突然トラックの貨物部分が、銀のコンテナが四方に開いた。

 同時に鳴り響くドラムの地鳴り、コンクリにも響くベースの重低音。

 そして、まるで金切り声のようなギター。


 奥まで見えないがマイクを持っているのは…

 一昔前に売れたアイドルだった…確かミオンとか言うアイドル。


 俺が30そこそこの時に活躍しててたから、もう40歳は越えているのではないか?

 しかし外見が全く年齢を感じさせない…いや、むしろ10代ではないかと思う程、若々しい。

 もしかして彼女の娘だろうか?


 それにアイドルの時とは違う。

 ラフな格好で、だけどミニスカートで…それに彼女の曲はデジタルな感じのポップな曲だった筈…何故かバンド…しかしこの感じは…


 あぁ…ロックだ、そう、ロックだ。

 若い子の間では常に流行っている強く激しい音楽…

 

 昔、聞いた事のある曲だがどこか荒々しい。

 最前列では子供から大人まで盛り上がっている。

 全体を見ると…そこには周りのビルに取り付けられている、そしてプロペラの付いた宙に浮くライトとスピーカー、さながら巨大なライブ会場になっていた。


 警備員がクラクションを鳴らす車に叫んでいる。


「通行止めは30分だけなので!もう少しだけなのでお待ち下さい!」


 ゲリラライブ…というには余りに規模の大きなステージ。

 年甲斐もなく身体が縦に揺れる。

 派手な演出、そして…響く歌声。

 その場に何人いるのだろうか?

 耳が、目が、五感が彼女達に釘付けだった。


『みんなあぁ!楽しんでるぅっ!?残り2曲!次は世界のレオがプロデュース!ヒロヤの番だよぉぉ!!!』


 ギターの若い男の子とミオンの位置が入れ替わる。

 あぁ…先程のミオンと違い、余裕は無い。

 緊張しているのが伝わる。ドラムが鳴り響く。


 彼の声が響き…曲が始まった時…私の頭は、フラッシュバックした。

 彼の詩は、きっと深い意味はない。

 その場で思いつく限りの言葉をメロディに乗せてるだけ。

 しかし、彼の詩で紡ぎ出される、妻と2人で過した日々…そして今。


――空、土、風、君、その意味――


――見えない毎日に色がつく――


――春夏秋冬 1年が回る 何回も何回も――


――幼い僕は いつも美しい春に憧れた――


――春も僕に微笑んだ 草木、花が開いた――


 ライブ会場の外で出会った、一目惚れだった。

 音楽を語り合う日々、それでも時は進んでいく。

 デート、結婚式、旅行、幸せだった。

 出産、子供の成長、子の結婚、感動して涙した。

 幸せという言葉を実感した。


――否定されるのが怖くて 気持ちに蓋をする――


――失うのが怖くて 見なくなる―――


――失う度、悲しくて悔しくて苦しくて―――


――怖くなってきて 僕は そっと目を閉じた―――


 日々の生活や仕事、忙しく幸せを見れなかった。

 時が進む内、サヨナラも言えず失っていく。

 追っかけていたミュージシャン、知人、親、友人…そして…

 

 その中で確かに耐えきれなくなり蓋をした。

 

――失いたくなかった 悲しいのは嫌だから――


――だけどいつかは来る お別れのその日が――


――人はいつか死ぬ 死んだ後は分からない――


――だけど、残された人が立ち止まらぬよう――


――笑いながら バイバイって 別れるんだ――

 

 私はずっと、泣けなかった

 仕事でどやされた日も

 子供に罵声を浴びせられた日も

 妻が喋らなくなった夜も 泣けなかった

 

――もしも僕が大事な何かを失うのなら――


――僕はこれから 笑って前を見よう――


――失ったものと僕とは違うかも知れない――


――だけど どんな時でも――


――眼の前に広がる道は 僕の物語だから――


 彼は泣き叫んでいた、彼もまた、すれ違い、失って、それでも進んでいくんだろう。

 彼が何を失って何をしていくのかは分からない。

 でも、誰だってそれの繰り返し。


 そして、若さがあるからやり直せるんだよ…

 そんな言葉で自分の心を誤魔化すなと言われた気がした。

 若くてもまた、時を戻す事は出来ないのだから。


 私の場合は…


『貴方は変わったわね でもいつか 私を思い出してね』


 眼の前が…涙でボヤケた…忘れてた?

 いや、忘れてなかった…思い出すのが怖かった。

 最後の日、妻は確かに笑っていた。

 色んな事があった…それでも…

 

「例え私が見ていなくても…お前は分かっていたんだな…私が怖くて見ないふりをしていた事を…」


 妻の名を呼ぶ…もういない…妻の名を…何度も。


 そうだ、帰ったらあの音楽を聞こう

 2人でホールまで行ったのに聞けなかったライブのあのバンド…


 妻の遺影の前で あの時のビールで 今夜はあの時と今の出来事を一晩中、語り明かそう。




〜昔は悪かったが丸くなった男の語り〜


 車は飛ぶことはなかったが、AIが普及し色々便利な時代になった。

 しかし芸術はまだまだ人の手が入らないと心に響かない。


 孫が俺のコレクションのレコードを漁ってる。

 今の子はパソコンで音楽をするらしい。

 自分の時はレコードを回していた、次の時代はCDで、次第にCDも必要無くなった。


 それでも音源が必要らしい。特にCDにもならなかったようなインディーズの音源は貴重だそうだ。


「おじいちゃん、部屋から出てきたんだけど…なにコレ(笑)」


 俺の若い時、DJをやっていた時の写真…そして前でマイクを持って真実だけを告げる伝説のラッパーが写った写真だ。


「この女の人、何でヒョウ柄ビキニに頭から紙袋被ってるの?(笑)何かマイクもやたら丁寧に持ってるし(笑)意味分かんない(笑)」


 ふふ、分かるまい…だが、俺は知っている。

 理解できないものを目の前にした時、人は嘲笑するか、恐れるかの2択だ。


 そして理解する意味というのは、その時代によって存在する。

 

「おじいちゃんはその時な、言ってやったんだ…いや、言わせて頂いただな…その人はタツと言って…そう…確か…こう言ったんだよ」


 時は満ちたぞ やってきたぞ 頭のオツムはオムツねぇ

 自信のねぇやつ オムツ履きな コイツは履かねぇ パンツで漏らす


 この世界はどこそこ行ってもマザファカだらけ どこの業界も政治が正義 だからスターは生死不明 ロックもポップもギャングもいねぇ 

 上から俺等を見もしねぇ えれぇ奴の選ぶパイだらけ


 それをパイズる 政治に精子をぶっかける

 前立腺からカラ ダは常に最前線

 最強下痢便 コケシ野郎 だが、心は餓狼

 スターはスターでもクソのクズ星

 ターミネーター 恐れ慄く ファックでワックでシッツなドーター

 英字で記せばT2 永遠の夜を徹夜逝く

 

「魅してくれタツァ!下痢便ぶっ放せぇっ!と、煽ったんだよ。ビッグボーラーのタツさんを」


 俺は元からラッパーじゃないし、今は思い出しながら言ったから大分リズムにも乗れなかったが…今でもあの夜の事を思い出すも鳥肌が立つ。


「そんなにタツさんって人の悪口言ったら怒るでしょ?よくこんなヤバい外見の人におじいちゃんは言えたね、ある意味じいちゃんも凄いわ」 

 

「タツさんは都市伝説のように言われていたんだ。狂ったように煽るとねずみ花火のように暴れまわりスタングレネードの様に光ると…それにな…」


 ここからは色々ぼやかして教えた。

 孫も音楽をやってる二十歳前の女…とは言え…刺激が強いから。


 俺は叛徒という当時の社会問題になるレベルの半グレのような集団にいた。

 4人の幹部の力を筆頭に、ルールを守らない、法律も、上下関係も、ただ自由に、そして逆らう。

 一般人やら警察…そして街や国を牛耳る権力者からすれば厄介者でしかなかった。


 結果的に言えば日本の中でもトップに位置する組織と敵対して消えた。

 だけど中身は…渉外と暴力を担当する幹部2人が裏切った…いやスパイだったんだ。

 組織運営をする幹部と資金調達をする幹部は抵抗を示したが…潰された。

 アウトローの夢…成り上がり…潰してきた不知火という組織がある限り…余りに綺麗過ぎる秩序が轢かれる。

 結局現実は…昔からの権力者の犬…いつまでもこれが続くと思った時だった…


 人…であるにも関わらず誰一人として暴力では勝てず

 人…であるにも関わらず決して死なず

 女…であるにも関わらずそこかしこでウンコを漏らす…


 不知火が叛徒を潰す時、何故かタツさんが乱入したせいで不知火も潰れかけたらしい…

 叛徒に集まっていたのは…特にアウトローな奴等は権力者からの圧力を嫌う者達…だから…


 一部の元叛徒はタツさんに憧れている…いや、崇拝している。

 まるで神の様なタツさん。

 誰かが一度、見かけて死ぬ気で『俺にもカンチョウうって下さい!』と言ったら霞の様に消えたそうだ…

 

『その人、ヤバくない?女の人に道端でカンチョウ打てってヤバいって…出てくる人皆ヤバいけどおじいちゃん平気なの?』

 

「じいちゃんはな、あの人にアンサーラップを頂いたんだ…それから何時も何かに逆らおうとしていた気持ちが無くなった、まるで憑き物が落ちたようだった…」


 そう、あの日は俺がDJで回している時…クラブハウスに負け犬ミドリと言われた、クラブのオーナーの元相棒がバット持って乱入してきたんだ。

 元輝夜姫総長で元チータフの…当時はチータフから追い出され、叛徒に逆らい漏らしながら許しを請う姿から『負け犬ミドリ』も言われて姿を消していた女。

 ただ、ミドリの鎮圧なんて速攻で終わんだろうなと思っていた時だった…居たんだよ…後ろに…



「俺がラップで仕掛けたら、タツさんは急に頭から紙袋を被り、何かを探している動きをしたとおもったらいきなりヒョウ柄のパンツ越しにクソを漏らしたんだ」


「おじいちゃん、その人、ヤバい人だぁ…」


「かもな…そして…断片的にしか聞こえなかったけど確かに言ったんだ…俺の投げたマイクをキャッチして…マイクは五木ひろしと同じ持ち方でな…まるで念仏の様に…かましたんだ…」


 オレはタツじゃねー から見るんじゃねー

 人前でクソ漏らしたら 将来が無い

 だから正体不明 ディーエーズィーズィー

 オレはDAZZ《ダズ》 タツじゃない対魔忍デス

 ホテルの土橋 が小部屋から出でくる

 今こそざまぁ マザァファッカーだなぁ

 お前を殺す 言い過ぎた お前をどうかする

 小部屋コンクリを入れて 手動で埋めて

 ワープ罠完成 小部屋で即死 オーケー? 


『な、何が!?ふ、ふざけんなよ、何でお前に!?ヒロは知ってんのか?ヒロに言うぞ?』


『このクソ野郎っ!お兄様を殺すってふざけんなよ!私がお前を殺すッ!』


 てゆーかフー・アー・ユー?


「まずは街の顔役だった土橋の御曹司とその妹に殺害予告だ、そしたら今度は不知火の人間まで出てきてな、あの天下の不知火に言ったんだ」


 待て待て待て待て 何でいるスライム?

 糞眼鏡 お前も何か言え 藤原じゃねえって言ってんだろう? DAZZだぜ ダセェ キエェ

 クソ千代スライムアレ出せよカンチョウ

 エベレスト 山頂で おにぎり持って 皆で漏らそう

 とにかくクソスライム千代 お前を殺す 言い過ぎた オークの刑で 公開処刑デス

 後 よくわからんが眼鏡は殺す 言い過ぎじゃない 必ず 殺すけ


『タツ!お前、いい加減にしろよ?ヒロはどこだ?おいヒロは!』


『藤原さん、ネタキュンシュに仕事を任された私を舐めないでほしいワね』


 てゆーかフー・アー・ユー?


『オメェ今クソ千代スライムって言っただろうがっ!』






「おじいちゃん…凄い経験したんだね…でも死人が出たんでしょ?事件じゃん、大丈夫なの?」


「いや、DAZZの身体が…正直俺も目がおかしくなったかと思ったけど化け物みたいになって片っ端から叩きつけて地面に串刺しにしたと思ったらいきなり車に轢かれて消えた」


「何それ…おじいちゃん…薬でもやってたの?」


「そーだなー、そーかもしれないなー」


 それでもあの日…力がない自分に悲観していた…あの日々をふっ飛ばしてくれた…

 それからもウンコを漏らし続けたらしい。


「お前も好きなようにやりなさい、いつか会えるから、タツさんに」


「やダァ…会いたくないよ!ウンコ漏らすなんて良い大人の女がやる事じゃないよ」

 

 良い大人がやる事じゃない…か。

 大人ってなんだろうなぁ

 イヤイヤする孫の頭を撫でながらそう思った。

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