第22話:神薙論を斜め読みしました
一番年下の侍女、マリンが目を潤ませた。
慌てて「大丈夫ですよ。少し驚いただけですから」と落ち着かせる。
決して無理をしているわけではなく、本当に大丈夫だった。ただ内容が、予想のだいぶ斜め下あたりだっただけだ。
カバーと中身が違っていないかと一瞬疑った。しかし、残念ながら合っていた。
幸いわたしには、ふいに現れたオジサン向けエロに対し、少しばかりの耐性がある。
職場の会議室で見つけた置き忘れの本が、男性向けの官能小説で(会社で読むなよ)しかも持ち主が直属のイケメン上司だった(お前かよ)という衝撃の体験をしたことがあるのだ。
それに比べたら痛くもかゆくもない。なにせ現実の人間関係に何の影響も及ぼさないので、わたしには無害だった。
神薙の夫が趣味で書いた本だろうか??
「官能小説はエロを言葉で包んだ芸術だ」と聞いたことがあるけれど、そういうのとは全く趣が違う。そこに芸術性はなく、淡々とした説明に近いので天人族の男性に向けた教本なのかも? とも思った。しかし、教えを説いているにしては、妙に愚痴っぽい表現が目立つ。
愚痴をメインに据えたオジサンのエッセイだと考えると、少々上から目線が気になって読み手は共感できない可能性が高い。
とにかく何だかよく分からない本だった。
侍女トリオは、こういう内容だと知っていて読んでほしくなかったのだろう。わたしのことを気遣い、目に触れないよう読むのを阻止しようと頑張ってくれていたようだ。本当にいい人達だ。
ページをめくりながら、適当に拾い読みをしていった。
表現はさておき、神薙との行為はとても具合が良いという話と、著者が神薙の寝室に入ってから行ったアレコレが長々と書いてある。
有益な情報を提供している感じはないけれども、ターゲットとしている読者層は男性で、神薙の夫を目指している天人族であることは間違いなかった。
「うーん……」
部屋で突っ立ったまま唸った。
本の目的がイマイチはっきり分からない。
それとは別に何か違和感のようなものがモヤモヤとした。
盛り上がっているであろう後半を目がけてページをめくり、目に飛び込んでくる単語や短い文を拾い集めるよう斜めに読んだ。
しばらく進むと、営みが詳細に書かれている箇所があった。
『神薙は淫らでおぞましい声を上げた。ともに夫となった者達が左右の乳房を担当。私には神薙の足が絡みついた。もっと強く、もっと速くと命じられた』
ははあ……複数プレイですか、そうですか。
思わず天井を仰いだ。
百人の夫とレスっていた? というわたしの仮説は、既にドンガラガッシャンと崩壊していた。
なさっています。ご夫婦の営み、なさっていました。
さすがに夫が百人もいると、同時プレイが必要になってくるのだろう。
よく考えたら一日一人だと、夫たちは三か月に一度しか順番が回ってこない計算になる。四半期決算じゃあるまいし、そんな頻度では到底足りないはず。週一、いや、ライバルが百人いるので月一を目指すだろう。
「では、時間もないので、みんなでやりましょう」となるのは、ある意味、自然な流れかもしれない。
でも、すごい体力ですよねぇ……
なんかもう頭が痛い(汗)
違和感の正体も徐々に分かってきた。
拾ってきた単語のほとんどが男女の交わりに関することなのに、夫である著者と神薙の間に愛情がこれっぽっちも感じられないのだ。
それに、本のタイトルを神薙論としていながら、内容は大勢いる夫のうちの一人が、思うままに書き綴ったグチ日記のよう。
他の夫の証言をまとめた部分であったり、誰かと議論して導き出したような部分は今のところ見当たらない。
現時点では『神薙の夫だったオジサンの日記』というタイトルのほうがしっくり来る状態である。
それから、神薙がビッチに思えるのは気のせいではないと思う。
こんなにも淫らな神薙がいたのに、どうしてこの国は今、天人族の少子化に悩んでいるのだろう。
最初から最後まできちんと読めば答えがわかるのかも知れない。しかし、このオジサンの日記を読破するのは正直しんどいものがある。
なにせ、神薙がこのオジサンの上で狂ったように腰を振りまくっている部分だけで、もう十ページ目だ。
もはやオジサンは生けるロデオマシーンと化している。生身の人間を使って体幹を鍛えるのもほどほどにして頂きたい。
そろそろやめてあげてと思うけれども、神薙様はまだまだ「ヒーハー!」していた。
拾い読みを続け飛ばしていった。
著者のオジサンがいよいよ辛抱たまらなくなった頃合いだ。
終わらせるのかガマンするのかと葛藤している。死ぬほどどうでもいい。しかし、そのくだらない文章の間に、こんな一文があった。
『神薙を果てさせられない夫は、精を注ぐことを許されない。神薙の手から発せられる恐るべき魔力により、強制的に外で果てることになる』
著者のオジサンは、望まずして「出してはいけないチャレンジ」をやらされているようだ。
彼は跡継ぎが欲しい。お家断絶を免れるため、神薙の言うことを聞いて、耐え忍んで頑張っている。
なるほど。
これは『神薙の夫だったオジサンの苦労日記』だ。
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