第10話 夜間強襲

「全軍応戦!」


第八大隊が号令と共に前進・・し第五師団の本隊と僅かにだが距離が離れる

帝国側もそれが狙いだったのだろう、次の瞬間


「今だ!大型弩バリスタ隊、火槍を放て」


拡声魔法で周囲一帯に凛とした女声の号令が響いてくる


「火槍…まずい!」


敵のバリスタ隊による火矢は周囲のコールタールに引火すると瞬く間に燃え広がっていく。まるで端から油を撒かれていたように・・・・・・・・・・・

コールタールの異臭で鼻が麻痺していたため気付かなかったが敵も相当に用意周到のようだ。

あっという間に燃え広がった火炎により第八大隊、第五師団、第四師団それぞれが分断されてしまい、兵団は一気に混乱に包まれていく


何とか最初に襲ってきた歩兵の小隊を抑え込みつつ周囲を見渡す、炎と煙が充満し視界が非常に悪いがどうやら第五師団の本体には騎兵の大隊が襲撃を掛けている様子であった


「まずい、本隊の救援に向かうぞ」


「なんでだよ大将、少しは痛い目見て良いザマじゃねーか」


「少し考えろ、このまま本隊が全滅したらあの騎兵大隊が来るのは第八大隊オレたちだろう」


更に周囲を見渡すと高台を登った先に一筋だけ火が回ってない道が残っていたどうやらそこを通れば第五師団の本隊の中枢部に辿り着けるようだ


「マーカス、ナターシャここは任せる、ライオット、エミリーそこの高台から本隊の救援に行くぞ、ミシェルはマーカス達を援護しつつ余裕がありそうなら後を追ってこい」


ライオットの騎馬隊の機動力を借りて急いで高台を登り馬を駆り突き進んでいく

道中、火の粉と煙の上がる林間から漂うタールと油の焼ける匂いに混ざり人の肉が焦げる異臭も共に漂ってくる


「谷間は酷い有様だな、ライオット飛ばせ」


「承知した、お前ら急ぐぞ!」


高台の林間を抜ける際にも邪魔は入る、火槍を放ったバリスタ隊である、木々の合間を抜けて狙いすました羽槍が飛来するも当然当たる事は無い。

バリスタの強い点は単発当たりの威力が高い事、射程が長い事にあるが反面弱点も大きく射出速度の遅さ、そして砲台の位置が固定される・・・・・事にある。

つまりバリスタの位置をしっかりと把握すれば当たる事はまず無い


そうして、ようやく高台の林間を抜け第五師団の本隊の位置が目視出来る位置まで到着する、本隊は流石に精鋭が集っている事もあり、道中で見た惨状よりは幾分かマシな状況ではあるものの、密集した歩兵と帝国のバリスタによって穿たれた兵士達の遺体で身動きが取れない所を騎兵の突撃により一気に攻められて、中枢近くまで踏むこまれている

もう、余り時間のゆとりはほとんど残されていないと感じ取り更に馬を加速させていくのだった。



※第五師団・アンソニー視点※


「な、何事だ!」


突然上がった火の手に歩兵達の間に動揺が広がっていく


「コールタールへの引火を狙っての火槍か、帝国めやってくれる」


兵士達が怯んでいる間にも見る見る間に火の手が周囲を囲んでいく天然のコールタールだけじゃここまでの勢いを出すのは難しい、が今はそんな事を考えている暇は無いこのまま火の勢いが増していけば、全滅・撤退のボーダーラインと言われる3割以上の兵を失う可能性が非常に高い

そうなれば王国の兵団内でも良い笑い者にされることだろう、最悪の場合今の師団長と言う立場すら危うくなる


「忌々しい…」


そのような事を考えていると、火槍が放たれた時と同じ凛とした女声の号令が聞こえてくる


「今だ、騎兵隊突撃」


号令と同時に軍旗を掲げた帝国騎兵隊の大隊が現れる。掲げられた軍旗は最近帝国で名を馳せている風凰ふうおう騎士団と呼ばれる機動力に定評のある兵団で、新しく聖女騎士パレディアンヌが騎士団長の地に着いた事により勢いを増してきている騎士団だ


「騎兵隊だとマズイ、槍兵を前面に出して密集陣形ファランクスを組め」


だがその判断が誤りだった、密集した防御陣形を取った事により周囲を取り囲むように展開していたバリスタ隊から良い狙いの的となってしまったのだ


「ぐぁぁぁっ…」


「槍が雨のように…」


「た、助けて…」


次から次へと降り注ぐバリスタからの槍の投射で多数の兵達が穿たれて行き流れ出た血液がコールタールの黒い大地を赤く染めていく


「マズい…このままでは…」


とそこに崖上の高台を駆け抜ける馬の姿が目に入る、後方の第四師団とは激しく燃え上がる炎で分断されており後方からの救援はとてもじゃないが期待出来ない、となると考えられるのはあの第八大隊ゴミ溜めの連中だろう


「皆の衆、もう少しの辛抱だ間もなく第八大隊が救援に来る、命を掛けて耐えろ」


その号令にどよめきが起きる、第八大隊の素行不良さは王国全域に伝わるほどであり、第五師団の兵達の間にも当然広まっている。そのため見下す者は貴族派ほど多くは無いのだが、期待もされていないと言った状況である


「フッ…情けないものだ、ゴミ溜めと蔑んでいた者達の救援を頼りにしなければならんとは」


「アンソニー様…ここも火の手が、後方へお下がり下さい」


「下がった所で何も変わらんよ、何より頭が後に下がって軍の指揮など取れるものか」


派手な装飾が施され実戦向けとは思えない宝剣を地面に突き立てて正面を見据えると風皇騎士団の騎兵達が近衛兵の眼前まで迫っておりもう中枢部が落とされるのは時間の問題と思われた…しかしアンソニーの視線はその先のウィル・アーダントの姿を捉えていたのだった



※第八大隊・ウィル視点※



「ライオット、敵の騎兵隊を蹴散らせ」


「了解だ」


「エミリーは負傷兵の救護に回れ」


「了解です。祈りの灯火よ、癒やしの波動となりて彼の者の傷を癒やさん回復の光ヒーリングライト


エミリーはこんな惨事を目の当たりにしても相変わらずと言うべきか、少し興奮した様子で上擦った声で返事を返すと、頬を赤らめつつ、バリスタによって体を穿たれた兵達に『回復の光』を掛けて行く


「そんな、何処から…」


「馬鹿な…合流は不可能なはず…」


凸凹でこぼこが激しく足元の不安定な岩肌でなおかつ山道から外れた林間をこの短時間で抜けて第五師団本隊に合流・救援すると言うのは正直かなり厳しい所だったが、ライオットの少し・・荒い馬術で鍛えられていた馬達による全速力の襲歩によりこの短時間で駆けつける事が出来たのだ


「見つけたっ…」


ライオット、エミリーに救援の指示を出しつつ周囲を見渡してこの奇襲を仕掛けてきた部隊の指揮官を探していくと一際大きな軍旗を掲げ、跨がる軍馬は黒鉄くろがねの鎧を纏っている。

声から予想はしていたが指揮官は女性でブロンドのショートボブに半首はつむり型の面頬めんほおを着用し、鉄編鎧チェインメイル、前腕の半分程を覆う腕鎧バンブレスと膝上程まで覆う足鎧グリーブで武装した指揮官が指示を出していた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る