第25話 父という存在

うららかに晴れた午後、日差しはまだ柔らかい。

神之島の季節は、春から夏に移り変わろうとしていた。


広央の家では母親たち…小春と清香が茶の間でくつろいでいる。

居間には広央とユキ、そしてイサ。


イサは畳にノートを広げて宿題の漢字の書き取り、ユキは縁側で寝そべっている。


広央はと言うと…陰鬱そうに膝を抱えこみ、部屋の隅で固まっていた。


そんな広央を見てイサがにじり寄ってきた。そして不思議そうに問いかける。

「ヒロちゃん、どうしたの…?」


「なんでもない…」

広央はお腹にまったく力の入ってない、蚊の鳴くような声で返答。


「ヒロちゃん、おとうさんに会いにいくんだよね?」

「うん…」

広央はまたもや力の抜けた声で返事をする。


「ヒロちゃんのおとうさん、山の家にいるんだよね?なんで一緒にくらしてないの?」


この時イサは7歳、広央は12歳。

イサは父親のいない環境で育ち、今や母親もいない。だから“家庭はこうあるべし”という考えなどは持っていない。

先の質問も単純に不思議に思ったから聞いただけだ。


けれどもう12歳になる広央には、既に“普通の家庭”がどういうものかを知っていた。

そして自分の家がそれとは違うことにも、とっくに気付いていた。


父親の事を人から聞かれると、広央はいつも心にモヤモヤとした後ろめたさを感じる。

茶の間にいる母親たちにチラっと目をやり、そして心持ち声を潜めて答えた。


「俺も知らない。…でも総代だから、忙しいんだよ。きっと」

「おとうさん、どんな人?」

「…」


これもよく聞かれる質問だ。「お父さんはどんな人?」「総代はどんな人?」

広央は一度もまともに答えられたことがない。


「ユキちゃんも一緒にいくの?」

イサが縁側で寝っ転がっているユキに聞いた。


「おう、ヒロのやつビビりで、一人じゃ怖がっておじさんに会いに行けねーからな!」

「なんだとおおおお!!」


広央とユキの取っ組み合いが始まった。


「あーもう!あんたたちうるさいのっ!とっとと行ってきな!」

ブチ切れた小春に、2人は家から蹴り出された。

お互いにぶつくさい言いながら、仕方なしに総代屋敷へと向かう。


「いってらっしゃーい」

イサが玄関先でいつまでも2人を見送っていた。



◇◇◇


父の住まう屋敷に向かう道すがら。

口喧嘩に飽きた広央とユキは、次第に無口になっていった。


海側エリアの広央たちの家から、山の中腹にある総代屋敷へは歩いて30分ほど。

山裾の一の宮神社から、延々と続く石段を登っていく。エスカレーターは街側の裾野から設置されているので、かえって遠回りになってしまうのだ。


山道の石段を黙々と足取り重く登りながら、広央はこれまでの父との面会を悶々と思い出していた。


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