第22話 オメガの子


夕闇の中でもすぐそれとわかるほど、露出している肌は白い。長く伸ばした髪も真っ白だ。


広央はすぐにオメガの子だと気付いた。


「そこで何してんの?」


広央に話しかけられ、その子は顔を上げた。

女の子だった。まだ3歳か4歳くらいか。問われて、色素の薄い目をぼんやりと広央の方に向ける。


「アリ…」

女の子はそう答えると、再び地面の方を見やった。確かに巣穴から蟻が沢山はい出て、行列を作っている。


「アリ、好きなの?」


広央は尋ねるが、女の子は何も答えず行列を見たままだ。


「その格好、寒くないのか?」

夏とはいえ、夕方には汐風が吹いてきて肌寒くなる。

半袖に丈の短いハーフパンツを履いているのだが、むき出しの脚がいかにも寒そうだ。


女の子は答える代わりに、鼻をぐすっと鳴らした。


「ほら、やっぱり寒いんだろう」



ユキの家では、ちょうど母親の小春が夕食の準備をしていた。


「ユキ!お風呂に入っちゃいな!」

「だって、ヒロこねーし」

「呼んでらっしゃい!そんで一緒にとっとと入っちゃいな!」


ちょうどその時、掃き出し窓を開けて広央が入ってきた。

「あらヒロ、ちょうどよかった!もうお風呂沸いてるからユキと一緒に入って…あら、何その子?」

夕暮れ時の薄暗がりの中、部屋の明かりが広央とその後ろにいる子を照らし出した。


そう言われて、女の子は咄嗟に広央の後ろに隠れた。


「林の前のとこにいたんだ、なんか寒そうだったから…」

「どこの子よ?」


「名前はイサっていうんだって。なんか家にお客さんが来てて、それで外に出されてるんだって」

そう紹介されたイサは表情を硬くして、俯いたままだ。


小春はしばらくこのオメガの子を見つめた。

軽い不快感がこの母親の胸に去来した。

それでも結局は、この珍客を家に迎え入れた。



「まだ3歳よ、あの子。こんな遅くまで放っておく?しかも一人で!」


隣の部屋から母親たちの会話が聞こえてくる。

居間で広央はテレビを、ユキは寝っ転がって釣り具のルアーをいじくっていた。

イサは広央の隣にぴったりとくっついて、テレビを夢中になって見ている。


あの後、広央とユキは一緒に入浴を済ませた。そこへ母の清香がやってきて、いつも通り二家族一緒の食事をしたが、今日はそこにイサが加わった。


食事はいつも台所の横の6畳間で、大きめの座卓を皆で囲み食べていた。


湯気の出ているお菜の置かれた食卓。

見慣れないのかイサは不思議そうに食卓を見つめていた。

促され、広央にしがみつきながら怖々と席に着いた。


箸を使い慣れないようで、イサは何度もお菜を落としてしまう。その度に広央はフォークを使ったら?と諭すが、イサは果敢にも箸での食事に挑戦している。


食事が終わると子供達は隣の居間に移動した。

イサはテレビに夢中になって、どんどん画面に近付いていってしまうので、「目が悪くなるよ」と広央がちょこちょこ後ろに引かせた。


母親たちの会話から、イサの母親が島外からの流れ者である事、家に複数の男が出入りしている事、男が来るとイサは家の外に放り出されている事、などを知った。


まだ8歳だった広央には、その情報の是非は分からなかった。

ただ、テレビに夢中になっているイサの横顔を、ずっと見つめていた。

イサは可愛かった。


夜遅く広央と清香がイサを家に送り届けた時、その母親は一切悪びれることもなく、“ああ、どうも”と素っ気なく言っただけだった。


家に入る前、イサはじっと広央の顔を見つめた。


「また一緒に、テレビ見よ」と広央がそう言うと、イサは嬉しそうに小さな声で「うん…」と、答えた。


「バイバイ」

「ばいばい」

そう言って、手を振り振りその日は別れた。


その日からイサは家を放り出されると、広央の家に来るようになった。

イサの母親は自分の子供に全く構わないようで、寒くなる時期でも上着すら用意しないようだった。

広央はそんな時自分の服を貸してあげた。女の子に男の服は変だと思ったけれど、イサは全く気にせず広央の上着を嬉しそうに着ていたから。


母親達はしょうがないわね、と言いつつこのオメガの子を、母親に見捨てられている哀れな存在を受け入れた。

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