第5話 選ばれし者

知広が予想した通りだった。


広央は就任式真っ最中に抜け出したあと、街エリアの人ごみの中に紛れこんでいた。

どこかに行く当てがあるわけでも計画があるわけでもない。しかし喫緊に迫った新総代の就任、という何あろうとも避けたい事態からは逃れられる。しばらく姿をくらます内に事がうやむやになって、重責から逃れられるのでは…とうっすら期待したのだ。


しかし広央も、そんなに都合よく行くわけがない事も分かっていた。

いったとして、“総代の息子”という事実からは決して逃れられない。


『皆が、とくにあのユキが見逃してくれるはずもない!きっと今頃逃亡に気づいて、こめかみに青筋立てて怒り狂ってるに違いない。のこのこ帰ったところで一回殺される…』

広央はそんな風につらつら考えながら、とぼとぼと歩いた。襷は折りたたんでポケットにしまい込み、例の紋付の黒羽織は捨てるには忍びなかったので、仕方なく腰に巻きつけて結んだ。



島は、特に街側エリアは軍に支配された本土とはまったく異なった空気が流れている。

言論も思想も自由な街。本土の圧制から逃れた流れ者が作ってきた街。そこかしこに新鮮な海風が通る。海に抱かれた土地ならではの大らかな空気がそこにあった。そして何より軍から自由になれる唯一の場所。


島の人口はざっと一万人ほど。本土からの観光客も常に行き来し、近年では海外からの旅行客も多い。

軍事政権に対する反抗のシンボルになっているこの島だが、なんとも皮肉なことに、この島の総代リーダーを決める方法は民主主義からは最も遠い世襲制なのだ。

もちろん異論反論がないわけではない。すべての人間が納得のいく形でリーダーを決めるべきであり、民主主義的公平な選挙で選ぶべきだ、という意見もある。

しかし島の人々は、結局のところ世襲制を支持してきた。


総代の地位は、はるか昔から総代の息子、そのまた息子と代々受け継がれてきた。いったいどれくらい昔から続いているのか、文献があまり残っていないこの島では口伝だけが頼りだ。

はるか昔から連綿と続くこの世襲の伝統は、ある特異な特徴がある。

それは…


総代の息子が代々αアルファ、“特別に優れているとされている種別”のアルファなのである。


それが最終的に、島の人々が世襲制を支持してきた理由だった。

選挙でつまらぬ人物が選ばれる危険よりは“アルファの雄”、すなわち“選ばれし優秀種別”が地位に就く安全をとったのである。



広央が街に抜け出たのは時計が正午を回ったころだった。

街は子供のころから遊び尽くしていて、自分の庭みたいなものだ。

地理も抜け道も、誰が何を生業として、どこに住んでいるかなども大体把握している。

街の雑踏の中で広央は考えた。とりあえずどこに行けばいいのか…ふと思いついたのは女医師のギンコ先生のところ。事情を話せば当面は匿ってくれるだろう…


そう思った矢先、不意に後ろから声を掛けられた。


「お兄さん、ウチ暇なんだけど。遊ばない…?」

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