第32話 人気

 11月。美帆たちの大学の大学祭が始まった。


 元の世界で大学生だった頃、わたしは大学祭実行委員会に所属していた。しゅうちゃんみたいに委員長まではやらなかったけれど、何だかんだで3年間勤め上げてしまった。

 そのせいもあって、この30年前の大学祭はちょっと興味深い。なんか、こう、手作り感が凄い。ポスターとかのぼりとか、ポップとか、もう何でも全部手書きじゃん、パソコンとプリンタがないってこういことか。ああ、もう、もっとあちこち見て回りたいのに、美帆が余り歩いてくれない!!


 というのも、美帆は映画研究会の映画を上映している部屋で受付をしていることが多いのだ。

 映画研究会は過去の作品も含めて、自主制作映画の上映会を開いていた。

 上映回数が多いメインの今年の新作は、ぽんすけさんの恋愛映画、下原先輩の難解な映画、そして、海辺のヤンキー女子高生映画の3本立て。

 海の夏合宿で撮影していたのは下原先輩だけではない。メインは下原先輩の映画の撮影だったけど、サブで撮っていたのは、海崖で起きた殺人事件をヨーヨーを振り回すセーラー服の女が崖の上で解決するというサスペンスドラマ風味の酷いコメディー短編で、セーラー服を着たぽんすけさんが主演していた。


 そういえば美帆と麻友が眠気を堪えて色塗りしたアニメは、結局編集が間に合わず、来年の上映になるようだ。来年には完成できたらいいなぁってリーダーの先輩が呟いていた。それって、未完になるフラグっぽいけど、大丈夫かなあ。


 わたしは元の体の時に、お母さんと一緒にぽんすけさんから送られてきたDVDを見た。実を言えば、その時に、お父さんの映画もぽんすけさんの映画も見ていた。あんまり真面目に見ていなかったので、よく覚えていない、いや、麻友の顔しか覚えていない。悪い娘なので、お母さんが出演していたなんて気付いてもなかった。

 なので上映会で改めてお父さんの映画を見たわけなんだけど。


 やっぱり意味が分からなかった…。

 ぶつぶつと運命だの輪廻だの転生だの流転だのと意味深い単語を並べながら麻友が海辺やうろうろしたり叫んだり、その合間に美帆が現れて、麻友が美帆に愛しているけれど違うのだから愛はどうとかこうとかブツブツ言うみたいな。

 しかも、生まれ変わったら女同士だったから結ばれなかったという展開は美帆と麻友の関係を暗喩しているみたいで、わたしの胸を少し引っ掻いてくる。

 それでも、美帆が撮った麻友はとにかく綺麗だったし、岩場の夕日の中のキスシーンは、客席からもほおっとため息が漏れることがあるくらい、美しく撮れていた。少し大きなスクリーンで見ると殊更だった。




「意外にお客が多いね」

 と上映中に麻友が美帆の耳元で言うと、美帆が肩をすくめる。

「長く見てるのは、映研のOBだったり自主制作作品が好きな人だったりするみたいよ」

 こういう大学祭での映像作品の上映って、あんまり長い作品は、時間が勿体なくて途中で出て行ってしまう人が多いという印象だったけれど、この上映会は意外に見て行ってくれる客が多いので驚いていた。もしかして、この映研って有名だったりするんだろうか。


 大学祭は11月。

 麻友が引っ越すのは2月。

 美帆と麻友がトモダチでいられるのは、残り3か月しかない。

 美帆は、相変わらず、下原先輩と麻友の間を行ったり来たりしているが、麻友と過ごす時間の方が少し長いかな、というところだ。



 わたしが柊ちゃんと一緒に見ていた、「Still love her」とタイトルがつけられた短いフィルム。


 あれは、よく晴れた日の冬の海で撮られたものだった。

 この後、冬が来て、二人がトモダチでなくなる頃に、美帆は冬の海で最後に麻友を撮るということだろうと予測する。


 その撮影を見届けたら、わたしは、美帆の中から出て行けるのだろうか。



 元の生活に戻りたい、柊ちゃんに会いたい。

 けれど、美帆の体に戻れなくなるのは寂しい。

 麻友を見ることができなくなるのは寂しい。



 ずっとそばにいた美帆おかあさんと離れるのは寂しい、寂しいよ、お母さん。



 お母さん。

 

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