フィルムチェンジ

第0話 片隅

 チェーン店の居酒屋の大座敷で、大学祭実行委員会の打ち上げコンパが開かれた。委員長である石井先輩が、「未成年者の飲酒とアルハラは許さないけれど、おおむね無礼講でいこう」という旨の乾杯の挨拶をして宴会が始まった。1時間が経過する頃には、あちこちのテーブルでグループが固まり、それぞれが騒いだり語ったりするようになっている。なお、ごく一部が早くも潰れているが、まぁ、無礼講だ。

 わたしは、喫煙組のいない広報のグループに入って話し込んでいたが、なんだかちょっと疲れて、座敷の隅に一人で座って、みんなを眺めていた。そして、石井先輩を見つけた。


 大学祭の規模の大きさは、高校の文化祭の比じゃないし、分からないことや駄目なことを教えてくれる先生もいない。全てのタスクを学生同士でこなしていく。先輩たちから先人の知恵を引き継ぎ、さらに、自分たちで新たなアイデアを持ち寄って、毎年新しい大学祭が作られていく。

 今年の大学祭の中心には、チャラい美女の石井先輩が委員長として君臨していた。

 どこの班の誰がどんな役割を果たしているかを全て把握して、それがどこまで進行しているかを見通して、走り回って指示し、確認していた。マルチタスクの達人だった。

 この人は、わたしをそばに侍らせていなければ完璧だと思う。


 でも、分かってしまった。

 わたしは、弾除けだった。石井先輩は、とんでもなくモテる。大学祭準備で忙しいというのに、告白しようとする男性のなんと多いことか。

「私、今、透子ちゃんを口説いてるんで」

 そう言って、わたしを盾にして振られた人は片手では足りない。

 でも、石井先輩は、ちっとも「透子ちゃん」を口説いたりはしていない。わたしを近くに置いて、たまに人前でわざとベタベタしてくるだけだ。

「石井さんと付き合ってるの?」と尋ねてきた人には「秘密です」と答えるように石井先輩に言われていたので、親しい友人にもそう言った。でも、もう、大学祭は終わったから、これからは「付き合ってない」って正直に答えていいんだろうな。


「透子ちゃん、お疲れ」

 ジョッキを片手にした石井先輩が、わたしの隣にどっかと座り込んだ。

「どうだった、初めての学祭?来年も実行委員やってくれる?」

 ジョッキをわたしの持っている烏龍茶の入ったコップにカチンと当てられた。

「大変でしたけど楽しかったですよ。……あと、石井先輩はすごかったです。バケモノだと思いました。いい意味で」

「褒めてる?褒められてる気がしないんだけど」

「崇めてますよー」

 そう言うと、石井先輩は「ホントか〜」と言いながら、わたしの頭を左腕で胸に抱え込んだ。正直、酒臭いし、ちょっと服がタバコ臭い。


「でも、わたし、これでお役御免ですね」

 わたしがそう言うと、石井先輩はその腕を緩めて、少しだけ体を離して、わたしの目を覗き込み、なんのことだと言うように首を傾げた。

「わたし、先輩の男避けのお役目、きちんと果たせましたか?」


 少しだけ皮肉を込めて



「……50点」

 え?思ったより得点低い。

「男避け、しか解らなかった?」

 そう言って石井先輩は苦笑いした。



「確かに、男避けにしたけれど、私、本気で口説いてたつもりだよ」

 え?

「透子ちゃんに格好いいとこ見せようと思って頑張ってたの格好良くなかった?まさか、カッコいい通り越してバケモノと思われてるとは思わなかったな」

 ニヤッと悪く笑って、それから真面目な顔になる。


「それとも、やっぱり男の方がいい?」




 高校の時から付き合ってた彼氏が、石井先輩ほど素敵じゃないって気付くのに、時間はいらなかった。だから、とっくに別れてしまっている。彼といるより先輩と一緒の方が楽しすぎた。

 そして、実は、以前から自分が異性より同性の方が好きだということはうっすら気付いていたけれど、先輩に本気になってからも、それを受け入れるのには少し時間が掛かった。

 本当は石井先輩の弾除けなんて耐えられない。わたし自身が銃弾になって、撃ち抜きたい。




先輩あなたがいい」



 そう言うと、石井先輩が悪くてカッコいい笑顔を見せた。


「100点あげるよ。石井先輩じゃなくて柊子って呼んでくれたら」


「……しゅ……柊……柊ちゃん」

「95点」




「わ!!」

「石井が岡部とチューしてる!!」

「え、マジ?」

「見えないところでやれよ」

「いや、尊い」

「公然わいせつだろ、これ」



 わたしと柊ちゃんの最初のキスは、居酒屋の大座敷の隅っこで、大学祭実行委員会の面々の目の前で、だった。




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