第16話 下宿

 ぽんすけさんの恋愛映画の上映会が終わり、美帆おかあさんは帰途につく。

 美帆は下原先輩おとうさんと食事にでも行くかと思っていたら、先輩はアルバイトに行ってしまった。下原先輩の方なんだかは残念そうだったけれど、美帆はケロっとしている。大丈夫なのか、この二人。


「美帆、下宿どこ?」

 麻友の声がして、美帆が振り返る。長い髪を無造作に縛っている麻友が美帆の視界に入った。美帆が地名を言うと、「あ、近いんだ」と麻友が言った。

「一緒に帰っていい?」

 美帆が頷いた。視界が一瞬足元になる。

「うん」

 足元から顔を上げてから美帆が頷くと、ニッと麻友が笑った。カッコいい、だけじゃなくて、頷いてもらえて良かった、と麻友の目が言っていた。


 二人が夕方の道を5歩進むと、麻友が、もう一つ、付け加えた。


「……美帆んち、行っていい?」

 美帆がギョッとして麻友を見る。

「え。え。ええ?」

「あ、ごめん、嫌ならいい」

 麻友は顔の前で手を振る。


 美帆の中が揺れた。距離を測りかねている。

 知り合って、さして間がなく、友達といえば友達だけれど、どこまで親しくなれる関係なのか、よく分からないでいるんだと思った。


「うーん……、深い意味があって言ったわけじゃないんだけど、なんか、美帆の家、行ってみたくなった」

 麻友は口を片手で覆う。目は泳いでいる。多分言葉を探している。


 いいじゃん、美帆。家に来るくらい。

 わたしは、もっと麻友と仲良くなりたいよ。違う、美帆と麻友に仲良くなってもらいたいよ。

 聞こえないと分かっているけれど、わたしは美帆に話し掛ける。

 何度も何度も訴えていると、たまーにわたしの声が届いたかのように美帆が行動することがある。

「散らかってるけど、いい?」

 ほら、わたしの声が美帆のどこかに届いた。

 そしたら、麻友が嬉しそうに笑ってくれて、美帆もわたしも胸を熱くする。



 下宿の誰かの部屋に、友達が集まってくることはよくあることで、美帆の下宿の廊下は、時々どこかの部屋から女の子たちの話し声がする。美帆も同じ科の子たちと互いの下宿の行き来があり、誰かが部屋に遊びに来るのが別に麻友が初めてというわけではない。

 美帆は、今のお母さんと同じで、バッグの中とか引き出しの中とかは散らかっているけど、部屋自体には物が少なくてシンプルな方だ。だから、「散らかってる」なんて言ってるけど、そうでもないから、人が来てもあんまり慌てない。……そこは、わたしと似ていない。わたしは散らかし屋の片付け下手だ。

 ちなみに、この下宿は男子禁制で、美帆の彼氏と言えど下原先輩は、ここに来たことはない。下宿の他の子も彼氏を連れ込むような不埒な真似をする子はおらず、ある意味、平和な下宿だった。


 二人は、下宿近くの酒屋で飲み物とカップ麺やお菓子を購入する。二人とも酒は買わなかった。

 なんかこの時代、今よりコンビニが少なくて、種類も少ない感じ。大学周りにコンビニは付き物だと思っていたから、ちょっと驚いた。コンビニがないから、集まる時には、この酒屋とかスーパーで、先にあれこれと買い込んだり持ち寄ったりするしかない。


 スマホもコンビニもない時代。

 でも、美帆は少しも不便だとは思っていない。

 なんとなく、わたしの大学時代より悪くない感じがするのはなぜなんだろう。


 ディスプレイの付いた小さい箱みたいな不恰好なテレビを眺めながら、二人はカップ麺を食べ、とつとつと話し始めた。

 美帆の中にいるわたしは、お腹は空かないけれど、食べ物を見ると食べたくなることがある。残念ながら、美帆の味覚は共有していない。お腹がいっぱいになった満足感なら分かる程度だ。でも、いいな、カップ麺食べたい、なんて思う。


「なんで美帆は映研なんて入ったの?」

 それはわたしも知りたい。


「……うーん、なんていうかぁ」











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