第14話 再度

 そうして撮影が再開された。


 木の下に麻友さんと下村先輩おとうさんが立った。

 この恋愛映画、主役の男性は下村先輩だった。

 別に下村先輩である必要はなかったけれど、下村先輩の身長なら、麻友さんの目立つ外見に釣り合いが取れそうだったし、当の下村先輩が拒否しなかった。

 美帆おかあさんが覗いているカメラのファインダー越しに、演技をしている二人が見えた。へえ、っと関心するくらい様になっている。

 タタタタタタタとカメラからは小さな機械音が聞こえた。

 二人はセリフを話しているが、その音は今は録らないで、セリフや効果音は後から入れるらしい。


 麻友さんと先輩が見詰め合うようにして何かを話している。

 美帆は、それを撮影しながら、何を思っているんだろう。感覚を共有しているけれど、感情や思いまでは分からない。


「はい、カット〜」

 ぽんすけの間延びした声でカットが入った。二人が演技をやめて、スタッフの方を振り返る。麻友さんはそのまま体を向けて美帆のところに軽く走ってきた。


 美帆は、カメラをそのまま回し続ける。

 撮られている麻友さんは、カットの声が掛かって緊張感が抜けたのか、一瞬へらっとした笑顔で、カメラの美帆の方を見ながら向かって来る。

 麻友さんが美帆に近付いてきてアップになっていく。美帆は、カメラのファインダー越しに、そんな麻友さんを撮っている。

 美帆がカメラを止めたところで、麻友さんが声を掛けた。

「美帆」

 麻友さんは美帆の名前を呼び捨てた。そう言えば、さっき美帆が転んだ時も駆け寄って来た麻友さんは、美帆を呼び捨てていた。

「大丈夫?頭痛くない?」

「大丈夫、ちゃんと撮れてるよ」

 美帆と麻友さんが同時に発した言葉は、見事に食い違っていたので、麻友さんが苦笑いした。意外に麻友さんは心配性らしい。

 麻友さんの手が自然に美帆の額に伸びてきて、ぽん、と叩いた。


 視界の隅で、下村先輩が木の下から美帆と麻友さんを見ていた。

 下村先輩は、何を思っているんだろう。

 見ているのは、美帆?麻友さん?


 撮影の後、みんなで大学近くの定食屋さんで食事をして、そのまま解散になった。

 下村先輩が美帆を下宿まで送っていく。

 二人は並んで撮影のことや講義のことを話している。下村先輩は、もうすぐ3日間の実習に行くらしい。

 美帆はどちらかと言えば聞き手だった。二人きりなのが、どうにも恥ずかしいらしい。鼓動が早い美帆が初々しくて、わたしはなんだかモジモジしてしまう、いや、わたしにはモジモジする体はないけど。


 わたしも柊ちゃんと付き合い始めた時はそうだった。

 先輩と付き合うって、ちょっと背伸びをする感じがしたっけ。高校を出たばかりのわたしには大学の先輩はむちゃくちゃ大人に思えたもんだ。

 まあ、就職してみたら、大学生も子供だって分かったけど。

 この頃の美帆おかあさんには下村先輩おとうさんが大人に見えてたんだろうな。


「美帆」

 下宿の前。

 下村先輩が美帆の腕を取って、振り向かせた。

 美帆が下村先輩の顔を見上げる。

 そのまま下村先輩の顔が近付いてきた。



 やだーーーーー!

 お父さんとキスはやっだああああ!!


 



 

 そして再度、世界は暗転する。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る