第3話 郵便

 おばちゃんの喫茶店「半月ハーフムーン」から歩いて5分。


 帰って来て我が家のドアを開ける。

 郵便受けには、今朝の朝刊だけでなく、昨日の土曜日の夕刊が刺さったままだ。郵便受けの受け取り口がギチギチになってる。

「お母さん、新聞取り忘れてる」

 新聞を取り出した後の郵便受けの底にも何かが入っていた。お母さん宛てのレターパックだ。

 宛名以外に、DVD在中と書いてある。

「DVD?」

 差出人の男性の名前には見覚えも聞き覚えもない。学校関係の教材か何かだろうか。


「ぁああ、お帰りぃ、透子」

 のんびりした声が2階から聞こえて来た。2階には寝室がある。きっとお母さんは寝起きだ。また持ち帰った仕事で半徹したんだろうな、この人は。

「おばちゃんがいい豆が入ったから店に来なって言ってたよ。それと、これ。なんか、郵便来てるよ。DVDだって」

「んんんー?」

 お母さんがゆっくりゆっくり階段を降りて来るので、待ちきれなくって、わたしの方から階段を上がってレターパックを手渡した。

「ああー! ぽんすけからだ」

「……ぽんすけ? 」

「本間雄介、略してぽんすけ。大学のときの同級生だわぁ。懐かし」

 そう言って母が目をそばめると、目尻の小皺が深くなった。

 力づくでばりばりとパックを破る母を見ながら、年を取ったなと思う。そんな風に感じることが増えた。それが独立を言い出せない理由の一つだ。

 レターパックをヘタクソに引き裂いたお母さんは、中から数枚のDVDを取り出した。あ、破けちゃった、と呟いてるところからすると、中に入っていた手紙も一緒に破いたんだろう。お母さんは粗忽者でもある。

「なんなの?そのDVD」

「透子も見る?」

「何だか分かんないんだから、見るも見ないも」

「んとねえ、大学生だった頃のお母さんとかが映ってると思う」

 お母さんは、55歳。

 大学生だったのは35年くらい前。四半世紀前。

 ……20歳のお母さん?


 怖いもの見たさって言葉をわたしは思い出した。


「透子に言ったけぇ?私、大学のとき、映研、映画研究部だったのね。その頃の8ミリフィルムをDVDに焼いたからって当時の部員に配ってくれたみたい。お礼しないと」

「映研なんて初耳」

 そうだったっけと言いながら、母はDVDをセットした。

「……そう言えば、言わなかったわ」

「だよね」

 母一人子一人だ。色んな話を聞いた。大学時代の話も聞いたけれど、サークルの話は余りしなかったように思う。


「まあ、あれよ」

「何よ」

「透子のお父さんと出会ったのが、映研だったからねぇ」

 ふふっと苦笑いが母の口からこぼれ出た。



 透子のお父さん、すなわちわたしの父は、母の元夫だ。

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