恋愛映画

第1話 週末

 はっと目が覚めた。


「起きた?透子とうこ


 横向きに寝ていた私の背中側、うなじの辺りからしゅうちゃんの声がした。息がうなじにかかって、ピクリと体が震えてしまう。

 しゅうちゃんの片腕は私の脇を抜けて、胸の下辺りに軽く触れている。

 背中には柊ちゃんの胸の双丘がやわく押し付けられている。


透子とうこ?寝た振り?」


 そうじゃない。


「透子」


「……声、聴いてた。柊ちゃんが呼ぶ私の名前、好き」


 クスッという微かな笑い声と同時にうなじに息がかかる。

「透子、もっと名前、呼んでほしいの?透子、透子、透子」

「やだ、わざと呼んでほしくない」

「めんどくさいな」

 柊ちゃんはそう言って、わたしの胸を乱暴に揉む。

「わ」

 もう、と言いながら、わたしは柊ちゃんの方に体の向きを変える。

 柊ちゃんが目をそばめて、わたしと目を合わせる。


 柊ちゃんには右目の下、それと目尻に黒子がある。

 右目の黒目が三個あるって言うと、柊ちゃんは笑って怒る。

 黒子もその笑顔も大好きだ。


「ちょっと寝落ちしちゃった」

「疲れてる?」

「それもあるけど、……気持ち良すぎた」

 素直な感想を言うと、私頑張ったから、と柊ちゃんが笑った。

 薄く開いた上唇を挟むようにキスをする。


 カーテンの細い隙間は黒い。

 まだ夜の中にいる。

 ベッドサイドの灯りを柊ちゃんが消してくれて、わたしは今度こそ、ちゃんと眠りに落ちる。

 何か夢を見たような気がしたけれど、何一つ覚えていなかった。



 次に目を開けた時には、カーテンの隙間が白くなっていた。



「それで、どうすることにしたの?」

「うん、そろそろ言わなきゃと思ってはいるんだけどね」

 ベッドに寝そべったままの柊ちゃんの質問に答えながら、わたしはベッドから出て下着を身に付け始めた。

 大学生の時に先輩だった柊ちゃんと付き合い始めて、もうすぐ4年が過ぎようとしている。一足先に大学を卒業した柊ちゃんの一人暮らしの部屋で週末の夜を過ごすようになってからは1年以上が過ぎた。

 週末だけでは物足りないくらい柊ちゃんが欲しい。

 そばにいたい。

 わたしも社会人になって、ある程度の収入を得られるようになったこと、柊ちゃんが今借りているワンルームマンションの契約が切れることから、一緒に暮らそうという話になっていた。



「本当に言えるの?お母さんに」


 柊ちゃんにそう言われてしまうのは、わたしが一人娘で、シングルマザーちゃんのお母さんと二人きりの家族だからだ。わたしが家を出たらお母さんは家に一人になってしまう。

 お母さんは何も言わないけれど、小さい頃に亡くなった祖母には、わたしがお婿さんをもらって家を継ぐのだと吹き込まれてきた。終戦前に生まれた祖母の価値観は古臭いけれど、慣習という名の呪いとして絡んでくる。鬱陶しいな。

 それはさておき、今のところは家を出る理由がない。

 閑静な住宅街にある自宅は、お母さんが祖母の死後に建て直したもので、お母さんと二人で暮らすには広いくらいだし築浅だ。駅からもさほど離れておらず、通勤にも丁度良い。

 結婚するわけでもないのに、そこを出ていくのは、あまりにも勿体ない、というのは分かってる。


 でも、わたしは、柊ちゃんと一緒に暮らしたいのだ。

 柊ちゃんをわたしの家に住まわせることも考えたが、それはそれで柊ちゃんが窮屈だし、お母さんもやりにくいだろう。二人に無理をさせたくない。

 そもそも、60歳が近付いている中学校の教頭であるお母さんが、柊ちゃんのことを受け入れられるのだろうか?

 わたしも柊ちゃんも女だ。

 お母さんは、彼氏を連れて来いとか孫が見たいなんてことは、一言も口にしたことはないけれど、わたしが今、誰かと交際していることは気付いている、筈だ。

 こうして週末の度に、柊ちゃんの家に泊まってしまうのだから。

 お母さんは、週末、娘のいない家で一人、何を思って過ごすのだろう。


 お母さんは、恋愛ごとについては、私に何も言わない。



「……透子は、お母さんのこと気遣ってて偉いと思うよ」

 柊ちゃんがベッドから抜け出して、素裸のまま、下着姿の私の背中から両手をお腹に回す。

「なのに、それを引き離したいと思ってしまう私は、ひどい女だね」

「ううん、わたしがひどい娘なんだよ」


 お腹に回された柊ちゃんの手は少し冷たく湿っていた。

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