第28話 たったの3年間

勇一は無言で床を掃いていた。体育館の床に散らばった、自分たちの切られた髪。教師たちはそれを、当の男子生徒たちに掃除させていたのだ。掃き集められた髪の束を見つめながら、彼は深く深くため息をついた。あれほど大切に伸ばしていた髪の毛が、今はただのゴミとして扱われる。この現実はあまりにも残酷だった。


新緑がまぶしい夏休み、勇一と家族は親戚の結婚式に出席するため、曙市へと電車を走らせていた。曙市は、県内でも名高い世界遺産の妙琴寺のある観光地。飛鳥山市からは電車で約2時間、見慣れない古い街並みが広がるその街は、勇一にとっては新鮮だった。


式場となったホテルのロビーで、同学年のいとこの拓也と目が合った。すらりと背が高く、均整の取れた顔立ちの彼は、髪を耳にかけながらにっこりと笑った。拓也は都会の学校に通っていて、西中のような厳格な校則はない。彼の輝くような髪を見て、勇一の心はまたしても痛んだ。


「勇一、どうしたのそれ!?」拓也の驚きながらも楽しそうな顔に、勇一は一瞬言葉を失った。しかし、彼は真面目に拓也に答えた。「うちの中学、校則で丸刈りなんだ」


拓也の表情が一瞬で変わり、純粋な驚きに包まれる。「え、本当に? 校則で坊主って、そんなのあるの?」都会の学校に通う彼には、西中のような厳しい校則が理解できないようだった。新鮮な驚きと好奇心に溢れる彼を見て、勇一は痛みと羨望が交錯する感情に襲われた。


同い年で、しかも血の繋がった親戚。しかし、2人の間には何があっても埋められない差がある。拓也の自由に風になびく髪には、自由と無邪気さが溢れている。いつしか勇一は、その髪を羨ましく思いながら、何とも言えない感情に苛まれていた。


「野球部にでも入ったのかと思ったよ」拓也が茶化すように言いながら、勇一の頭に手を伸ばした。しかし、勇一は「やめてよ」と、すぐさまその手を払いのけた。


「なんだよ、いいじゃないか」と拓也はくすくす笑いながら言った。その時、新婦であるお兄さんが近づいてきた。「誰だかわからなかったよ、勇一。何があったんだ? その頭」拓也が代わりに答えた。「勇一の中学、校則で丸刈りなんだって」


お兄さんは淡々と、「そうか。俺の時も隣の中学は丸刈りだったな」と語った。丸刈り校則を過去の遺物だと思っていた勇一にとって、10歳以上年上のお兄さんでも丸刈りでなかったという事実は、胸を締め付けるものだった。


お兄さんは勇一の頭をぽんぽんと叩き、「似合ってるじゃないか」と言った。その言葉に対し、勇一は思わず口を開いた。「似合ってなんかない。好きでやってるわけじゃないんだから」普段なら口にしないであろう言葉が、親戚の前では自然に出てきた。その自分自身に、勇一は驚いた。


お兄さんは微笑みながら言った。「まあ、いいじゃないか。丸刈りだって、人生の中でたった3年間だ。それに、社会に出ればもっと理不尽なことだらけだよ。今のうちからそれを学んでおけばいいさ」


「たった3年間?」お兄さんの言葉に、勇一は疲れ果ててしまった。そして、丸刈り校則の苦しみは、自分のように味わった者にしか理解できないのだ、と彼は諦めの境地に至った。

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