第25話 クラスのノリで五厘

5月下旬、西中の校庭は全学年対抗の球技大会で賑わっていた。


勇一のクラスでは、男子たちがリーダーの言葉に熱く反応し、それぞれに優勝を誓い合っていた。さらに、「優勝できなかったら全員五厘にしようぜ!」というリーダーの言葉は、クラスの興奮をさらに高めた。周りの笑い声と共鳴する男子たちの中で、唯一笑顔を浮かべられなかったのが勇一だった。


彼にとって、その冗談はあまりにも過酷だった。五厘という言葉だけで、心臓が強く締め付けられる。クラスメイトたちの笑い声と勇ましい誓いは、勇一には遠い世界の音のように聞こえ、彼の眼には、周りの興奮と自分の静寂が、鮮やかに対比して映っていた。


球技大会でクラスが2位に終わった瞬間、男子たちは悔しがりながらも、次はきっと勝つぞと声を上げていた。勇一はこの時になっても、まさか全員五厘になんてするはずがないだろうと思っていた。なぜなら、全学年対抗戦の中で、1年生のクラスが2位という成績は誇るべき快挙であるし、何よりも、他のみんなも自分と同じで五厘刈りは嫌だろうと確信していたからだ。


しかし、サブリーダーが「職員室からバリカン借りてきたぞ!」と言って教室に飛び込んできた瞬間、勇一はクラス全員五厘にするという彼らの冗談めいた宣言が、真剣だったことを痛感した。周りの男子たちが「うわぁー!」と一斉に叫び盛り上がる一方で、勇一はただ固まっていた。勇一は、誰にも見えない場所で、自分だけが違う世界に取り残されていく感覚に苛まれていた。


リーダーが最初に上半身裸になって、ゴミ箱の前で四つん這いになった。そして、サブリーダーが「行くぞ」と言うと、リーダーのうなじから一気にバリカンを入れた。空っぽだったゴミ箱は、バリカンの音が響き始めると、すぐに髪の毛でいっぱいになっていった。その笑い声やはしゃぎ声は、勇一の心にはただただ重く、苦しく、息が詰まるように感じられた。それは彼が、今まで経験したことのない感情だった。


その後も、リーダーの手によって、男子たちの髪の毛が次々と五厘刈りにされていく。ゴミ箱にどんどん積もっていくその黒い塊を見つめながら、勇一は自分が何を感じているべきなのか、何をすべきなのかが分からなくなっていった。自分だけが楽しめない、それは自分が普通でないのではないかと、自己否定的な思考が勇一の心に浮かんできた。しかし、そう思っても自分の、丸刈りを受け入れられない気持ちは変わらなかった。


そして、ついにその番が自分に回ってきた。「ラストは勇一だな」リーダーの声が教室に響く。勇一は何も言わず、体操着を脱いで四つん這いになった。リーダーの言葉に逆らうことができず、ただ従うしかない自分に怒りを感じながらも、その怒りを声や態度に出すことはできなかった。


冷たい床に手とひざをつき、頭をゴミ箱に向けて下げる。その中にこんもりと積もった20人分の男子の髪のクズの上に自分の髪の毛が落ちていく様子を想像すると、まるで断頭台だ、と、彼の心はさらに締め付けられた。それでも、彼は黙って、その刑の執行を静かに待った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る