第42話 神秘の男


「ここも他とあまり変わらないな。すごく普通」


「ぐるるるる…………」


「やめろ、キレるな」


 自分が産まれたダンジョンを貶されてキレかけるも首根っこを掴まれて抑えられるキメラ。


 ここがダンジョンでなければ男友達2人と変な女1人で済んでただろう。


 残念ながら命を懸けなければ数分も生き残れない深層という厄災と隣り合わせな場所だ。のほほんとしている余裕は無い、その筈だった。


「なんか今日はモンスターの発生率が高いな」


「片っ端から殲滅してるけど良かったか?」


「別に。今日は散歩だけのつもりにしてたし」


「がう…………」


 彼らと彼女は自身の命の心配を全くしていない。何故なら白装束を纏った男が触れもせずモンスターの群れを殲滅しているからだ。


 キメラからしたら200年も年下の弟妹が死んでいくことに何の感情を抱くことは無いはずなのだが、白装束が放つ魔力を利用した『魔法』によって殲滅されていく様子を気の毒と思ってしまった。


 様々な属性から成り立つ『魔法』が逐一現れるモンスターを焼きこがし、または氷漬けにしてその場に残して往く。


 只者ではないと見破ってはいたものの、ここまで常識はずれだとは思っていなかった。


 確かに魔力を外部に出力して放出するモンスターは存在する。それでも一芸しか持っておらず炎の放出、水流の放出など一つの技しか持っていない。


 それに比べて白装束はどうだ、モンスターとの戦闘の間に何種類もの『魔法』と呼んだものを使い殲滅していくではないか。


 身体強化に使うのなら理解できる。魔力を出力して一つの事を成すのもキメラもできないわけではない。


 何種類もの『魔法』を出力しながら的確にモンスターに当てていくのがおかしいのだ。


 もう何十体も葬っても疲弊している様子も見られないため文字通り底知れず。余裕を持っているように見えるため未だに力の全貌が見えない。


「あ、あそこに生えてる草貰っていいか?アレ薬草なんだよ」


「好きなだけもってけ。魔力籠った薬のことは知らん」


「魔力が分からない奴はいつもこうだ」


「おう言ったなこの野郎」


 そしてこの男と仲が良すぎる。なんだ、雄同士のくせに番なのかというくらいじゃれ合っている気がする。


 そういえばこの前食べた地上の人間はとても弱かったことをキメラは思い出した。


 そして、強すぎる男は常にダンジョンに居て地上へ出る事はなかった。


 だが白装束はどうだ、地上から来た筈なのに馬鹿みたいに強い。まだありそうな引き出しのせいで今でもキメラが勝てるイメージが浮かばない。


 物理無敵に加えて魔力無敵と言って過言ではないのが突然現れるのは勘弁して欲しい。


 というか、こんな戦力が地上にいるとは聞いてない。それも話を聞く限り男との付き合いは長いようで他のダンジョンも攻略をしている筈なのにダンジョンからそんな情報は届いていない。


 よって、ダンジョンは馬鹿になってしまったという結論にキメラは至った。


「おっと、壁からモンスターが生えてきた」


「お前さ、なんでパンチだけで爆散できるんだよ。どれだけ力と速度を籠めたらそうなる」


「適当に振ってるからこうなる。俺が真面目に殴ったことあったか?」


「やめろ。お前、本当に本気で殴るのはやめろ」


 横の壁から現れたゴーレムを男は間髪入れずに裏拳をかまし、粉微塵に爆散させた。


 どのような力を籠めたらああなるのかはキメラも思う所である。だが、実際に何度もあの拳を受けても仕組みが分からない。


 それに、あの男の『本気』がどれほどなのかも未だに知らない。


「がう」


「どうした。服が伸びるから引っ張るのやめろ」


「伸びてもすぐに戻る素材で作ってるくせに。なんだ、こいつのパンチが気になるのか?」


「がる!」


「だってさ。やめとけ、死人が出るぞ」


「人って俺とお前だけだよな」


「まあ、多分俺が巻き込まれて死ぬ」


「がう?」


 白装束は魔法を使えば何が起ころうと生き残るのでは?そうキメラは疑問に思ったが深く触れないようにした。


 強い衝撃は周囲にも大きな影響を及ぼす。200年生きてもなお拳、いや前足だけでその境地に至ることは出来ていないキメラには何とももどかしい気分になる。


「がう!がるる…………」


「何でこいつは威嚇してるんだ」


「多分、お前のパンチ力が羨ましいんだとさ」


「これは生まれつきのものだからな」


「があああごぼおっ!?」


「うっわぁ…………えっぐ」


 簡単に言ってのける男に怒りをあらわにして飛びかかるも的確に鳩尾を抉るどころか貫通してキメラの動きを止めた。これも拳一つで成し遂げた事であり、全体重8tありながら重量の大半が筋肉で支配されているはずの身体を貫通させたことに今更驚きはない。


 そもそも今までがヤバかったのだ。なます切りにされたり、全身粉砕骨折させられたり、肉体オブジェになったり、ハンバーグの種になったり、普通の生物では数万回死んでるほどの物を喰らって生きているのがこのキメラである。


「がぶぅっ!」


 貫かれたことで逆に逃げ場を失うどころか前進あるのみとなったキメラにとって好都合。無尽蔵の体力に進み続ける意思を持てば腕から縋り付き、男の身体を掴み、そして首筋に噛みついた。


 もちろん、その程度で男は傷つくことは無いし、噛みつかれた男も何も思ってもいない。


 諦めずに歯形を変えて、チェーンソーの様にガリガリと尖った歯を強制的に動かす。


「ほー、面白い芸当を見せるもんだな」


 白装束は火花を飛び散らしながら噛みついている様を見て感心している。人体ではありえない挙動を見てモンスターらしい発想に着目しているようだ。


 ちなみに、火花を散らしていると言っても壊れゆくのはキメラの歯だったのだが。


「がう…………」


 ボロボロになった歯でどうしようもなくなってきたキメラは仕方なく動きを止める。


 抵抗がなくなったのを確認した男はずぽり、と湿った音を鳴らしながらキメラの胴体から腕を引き抜いた。


 男の手は血濡れであり、キメラの腹に空いた穴からはどぼどぼと血が流れ出るがそれもすぐに塞がっていく。


「こうしてみると、やはり人間じゃないってのが分かりやすいな。かといって新人類ニュータイプでもない」


「なんだそのニュータイプって単語。超能力者かなんかか?」


「現人類のことだ。ほら、魔力を備えて産まれてくる子がそういう奴なんだよ」


「ふーん…………ちょっと待て、それって俺みたいな魔力を持たない奴がもう地上に居ないってことか?」


「ああ、だから実質…………ふがっ」


「ちょっと待て」


「がう?」


 男が白装束の口を手でふさいだ。何を話そうとしたのか気になっているようであり二人の間に割り込もうとする。


 男の方はびくともしないが白装束はキメラに押しのけられてそこから体をよろめかせる。


 白装束の足元がカチッと何かのスイッチを踏んだ音が聞こえた。


「あ」


 誰かが漏らしたその一文字の間に突如横の壁が迫り白装束だけを押しつぶした。


 ぐしゃりと対応する暇もなく瞬時に白装束が赤に染まり、そして赤い液体を周囲にまき散らす。


 壁に押し潰されなかったのはよろけた際に男に向かって伸ばした右腕のみ。それも血濡れのまま潰れた躰からぼとりと地面に落ちた。


 明らかに鼻につく死の匂い。突然の不幸により白装束が死んだことを実感させられる。


「あーん」


「おい待て食うな」


 その腕を拾って食べようとするキメラを男が止めた。


「がう!がうがう、たべる!」


「強くなりたいのは分かるがそいつだけは止めとけ」


「かう?」


「色々と厄介な事になる。特に宗教的なことで」


「そうそう、俺の肉を食うってのはいつの間にか神聖視されててバレたら後ろ指さされやすくなるんだよね」


「がう…………う?」


 なんか居る。さっき押しつぶされた筈の人間の声が聞こえた。


 人はモンスターのように転生するとは限らない。したとしても赤子からスタートで元の大きさになるのには時間がかかることをキメラは知っている。


 だから最初はゴースト、幽霊かと思った。


「まあ、食べたところで何の収穫もないように細工してるし別にいいんだけどね」


 ゆっくりとキメラは振り向く。


 先程と同じ白装束。男が女か分からない顔。そして血を撒き散らした筈の者と同じ臭い。


「何を驚いてるんだ、君も似たようなものだろう?」


「がうっ!?」


 人間は死んでも生き返らない。生き返ったとしても、それは本当に本人なのかと言う転生が実在すると言う倫理観も相まってあり得ない話のはずだった。


「それとも、珍しいか?死んでもひょこっと戻ってくる人間は」


 それに反証するが如く、死んだ跡をそのまま遺しているはずの人物が居た。

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