第40話 『教祖』、来る
「どうしても目立つことは避けられませんね」
「教祖様の御威光はその場にいるだけで放たれています。それ故に目立つのかと」
「純白すぎる車体が原因では?」
白い衣装を身に纏った者が目立つ理由の一部となる事を言った。
普通の白い車だけなら少しだけ目立つくらいで終わりなのだが、それが何台も列をなして続くのならば嫌でも目立つ。
中からしか見ることが出来ないマジックミラー仕様のガラスから外を眺める『教祖』が言った。
「しかし、本当によろしいのですか?ダンジョンに入るとはいえ連絡を電話一本だけで済ませるのは」
「あれくらいでいいのです。会話を長引かせると調子にのるので」
「は、はあ。そうですか」
まるで旧知の知り合いの様に語る『教祖』に対して質問した運転手はそれ以上言葉を紡ぐことは出来ない。
『教祖』の交友関係はとても広い。組織の末端程度の運転手でははかり知ることは出来ないが、探索者協会に対して伝があることだけは理解した。
それでも触れられないのは無意識に『教祖』の神秘性を損なわないためか。
「そろそろ見えてくる頃ですね。何事も無ければいいのですが」
「ご安心を。事故が起こることはありません。何せ、警備も十分。支部の方々が監視を行い常にルートを把握していますから」
「だとよろしいんですが」
そのまま車は進み続ける。運転手も日乃本で長らく運転手をやっており、ここ最近は治安が少し悪くなっているとはいえ慣れ親しんだ道を運転するため特に気負いもしていない。
それに狙ったら世界中に、どこにいるかもわからない信者に狙われるようなVIPを狙うような不届き物もとい愚か者が居るはずもない。
そう思ったときには後続の車が突然突っ込んできた乗用車に横から突き飛ばされた。
壮大な衝突音と共に転がる車をバックミラーで見て運転手は固まった。
「どうしたのです。早く行きなさい」
「で、ですが後続車が」
「まだ、起こるかもしれません。左右に注意して運転してくださいね」
顔は純白の布で覆われ隠れているが、間違いなく笑顔でにこやかに酷いことを言っているような気がする。
だが運転手に選択肢はない。『教祖』が言っているからにはその通りに車を勧めなければならない。
一言一句が無駄とは言わないが、宗教家でありながら相当な影響力を持つこの者の言葉は無視できない。
むしろ宗教家である以上、神秘的存在として認識しているためこのままでは本当に
冷汗を流しながら運転手は必死に運転した。構えていると死神は来ないとはこのこと、幸運にもあの事故以降は何も起こらずダンジョンの前まで到着した。
「ご苦労様。では後は一人で大丈夫です」
「お、お気を付けて…………」
疲労困憊の運転手に見送られ、後続の車は気づけば居なくなっていたが、『教祖』は悠々と歩きだした。
周りの人間は普通の生活、普通にダンジョンに潜って探索しようとしているさなかに『教祖』が現れ、注目をし始めていた。
「なんだあれ」
「あの装備は何だ?流行りか?」
「ちげーよ、アレだよ、純光教の…………」
「ヤバい奴じゃん。近寄らんとこ」
その反応は基本的に否定に近いものばかり。それもその筈、予告はあったとはいえたった一人でダンジョンに乗り込むトップなどロクな者じゃない。
それも他国で宗教を率いている上に魔力を使っているとはいえ隔絶した力を使うとなれば敬遠されるのも当然のことだろう。
その視線をすべて無視して『教祖』は一切の無駄な動作をせずに足を勧めてダンジョンの入口へ立つ。
そのままダンジョンへ入ろうとしたが、流石にこのまま無言で理由も分からないまま入られるわけにはいかない。
「ちょっとお待ちください。許可証はお持ちで?」
警備員が『教祖』を止めた。相手がお偉いさんであろうと、特に何の疑問も思わず通すのは警備員として止めなければならない。
帰ってこないと言われてどうして止めなかったと言われてしまえば責任問題に発展してしまうため、噂で歴戦だと聞いていても自己責任でダンジョンへ潜ってもらわなければならないのだから。
「もちろん、これを持っていますよ」
そうして『教祖』は袖からあらかじめ用意していたかのようにとあるカードを取り出す。
「深層を探索する許可もこれに含まれていますよね?」
しっかりと許可証を準備されていてはぐうの音も出ない。それを持っていたら後のことは全て自己責任。
布で隠れてわからないが、その顔はにこやかに笑っている…………筈。真顔でこんなこと言われてたらチビってしまうと思い警備員は仕方なく道を開けた。
「貴方の1日に幸運を。それでは」
警備員にそう一言告げて『教祖』はダンジョンへと消えていった。
「はぁ、偉そーな演技するのも疲れるな」
浅い層にて人気がなく、周囲にも完全に人が居ないことを把握して『教祖』は呟く。
普段から威厳を保つために丁寧な対応を心掛けているが、本人は元からフランクな感じの人間と思っている。
故に固っ苦しいものよりも柔らか〜く接するのが一番好きなのだ。
残念な事に、立場がある以上は迂闊なことは出来ない。特に宗教を背負っているせいで気軽に話せる間柄も碌にいない。
下手に日乃本に来ようものなら『教祖』の天敵に延々と絡まれかねない。許可証もその天敵と何とか我慢して交流して入手したものだったりする。
薄暗いようで視界はしっかり確保できている道をスタスタと歩き、モンスターが出ないかと周りをキョロキョロとしている。
ダンジョンに人が潜ればモンスターが現れる。必然の摂理が『教祖』の前に立ちはだかる。
「グオオオオ!」
「
ダンジョンへ潜るには情報が必要である。簡単な情報が命取りになるということもざら手間はないためもちろん『教祖』も情報を集めている。
だが、目の前で咆哮するレアケースを目の当たりにしてため息をつく。
「多少の痕跡は仕方ないとして、こういう歓迎をしてくるか。ダンジョンのくせに知性持っちゃって」
ベーシックな鉄の棒を振り翳して
ガツン、と鈍い音を地面に響かせ空振りしたことを
「素振りご苦労。では死ね」
ただ火照っているだけではない、全身が熱湯に浸かったような、否、熱湯そのものになって身体が死んでいくのが
どうにか足掻こうとしたが血液も筋肉も沸騰し、全身から鉄の匂いがする湯気を立ち上げ身動きも出来ずに
脳も許容範囲を超えた熱に侵されて思考も潰え、全身の細胞諸共グズグズとなり自慢だった筈の巨大は人型の水風船のように地面に伸び広がる。
「悪くない」
あまりにも生物に対して残酷過ぎるモノだったが『教祖』はこれの出来について満足そうに頷いた。
これこそ『教祖』が『教祖』たる所以。本人曰く、魔法である。
現在ではダンジョンへ潜る事は少なくなっていたが、教団設立当初は皆の実力が伴う時間稼ぎとして前線へと赴き発揮させられた奇跡の一端である。
現在ではほぼ全人類が魔力を持ち身体強化として扱えるものの、外へ出力出来るほどの力を持つのは『教祖』ただ一人。
「さて、これを見てまだ来るか?」
『教祖』は虚空に向かってそう言った。
何者も聞いていないはずの台詞だった。それなのに辺りからぐるると低い唸り声が多数聞こえてくる。
「そうか。あいつに会う準備運動に付き合ってくれるか」
白い布に隠れた顔は呆れたような、されど少し嬉しそうな声色をしている。
両手を下に広げる。その動作に合わせて『教祖』の背に炎、水、氷、雷と魔力で構成された4つの力が顕現する。
「今日は攻略する日じゃない。だからそこをどけ」
『教祖』がダンジョンへ潜って約30分後、『教祖』のことが気になった探索者が浅い層へ行ってみると至る所にに焦げ、水浸しになり、凍ったモンスターの死骸と通路が発見された。
そこに『教祖』の姿は無かったが、中層へ至るまで痕跡が残っており怖くなって戻って来たという。
『教祖』はしばらく戻ってこなかった。
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