第25話 いずれのために押し寄せるもの
『変な人に会ったんですよ』
「俺以上にか?」
『それを言っちゃったらほとんどの人が普通になりますよ?』
突然端末が鳴ったと思ったらビデオ通話でこのような出だしである。
奇人変人なんてこの世に何人いるのやら。それを知っているだけに上位存在的な感性を持つケンと一般人な感性を持つあかねでは合わないことが多々ある。
それ込みでたまに会話する仲というそこそこのコミュニティを築けている点ではあかねの方が凄いという証明になるかもしれない。
単に、ケンが世間との繋がりをほとんど断っているだけだが。
『ゴブリンの生肉って絶対に不味いですよね?』
「いや、深層にゴブリンは湧かないから知らん」
『モンスターに対しても世知辛いんですかね深層って』
「たまに共食いが起こるからそうだろうな。たまに現場に遭遇する」
そういえばあかねも転移トラップによって深層へ来てしまい、モンスター同士の争いが突発的に起こったことで生還できた。
その後に生存競争で勝った大鬼型モンスターがケンの手によって切り裂かれるという何とも運命的な出来事となっていた。
あの日から、それなりの時間が経ったと考えたら感慨深いものである。ケンにとってはそれほどでもないが。
『それでも生肉をかじりながら歩くのは無いと思うんですよ』
「そりゃあ、まあ、普通は肉かじって歩いてたらモンスターが寄ってくるよな」
『それがいいって言うんですよ。ご飯が来るって』
それを聞いて彼は黙った。
奇人変人を多く見てきたとは言っても限度はある。変人を拗らせたらモンスターの一種に近いような存在になる。
前々から存在するのだ、そういう人種は。だが、今回は少し懸念の毛色が違う。
前に友から語られていた思考の野蛮化。それはモンスターの魔力を介して魂も人の身に吸収してしまうことで理性が緩み攻撃的になるというもの。
当然ながら、それを明確に知る機会は殆ど無い。地上のニュースは入手していてもかなり細かい情報まではネット上に乗ることは無い。
ハッキングすれば話は別なのだが、現時点で使える端末がこれしかないため変にチャレンジ精神を起こす気にもならない。
変に迷惑するのは現時点での協力者なのだから。
『モンスター食べるのはよくある話ですけど、ゴブリンの腕はちょっとどうかと思います』
「明らかに可食部じゃないな」
『ガムみたいで癖になるって』
「味覚壊れてるだけだろうそれは」
生でも美味い肉は少なくないが、醜悪で人型に近いモンスターを食べる文化はほとんどない。
海外なら可能性はあるが、食人文化なぞ今時流行ることもない。
今のところは個性的な人間として対処しようとした。
『でぇ、そこでぇ、お話があるんですけどぉ』
「何故そこで猫なで声になる。何をやらかした?」
人の猫なで声くらい不安を煽るものはない。特に、彼の友達がやらかした時にこの手法で擦り寄ってきたためそのようなイメージが根付いている。
自身もやらかすことは多々あったが、堂々としてたら軽くしばかれるくらいで問題ないのでケンはそんな事しない。
肉体とメンタルが無敵すぎるというのも逆に周りに迷惑をかけているなんて知る由もないのだ。
『配信中にちょっとした事故みたいな出会い方してですね、一回配信切ってその子と話をしたんですよ』
「続けて」
『その時にぃ、そのぉ、ここのモンスターって美味しいのか聞かれちゃいまして』
「君、俺のとこで飯食った事を言ったな?」
『……………………はい』
ゴブリンの腕を食べ歩きするくらいの個性的で食欲旺盛そうな変わり者にケンが目をつけられた可能性が高い、と言いたいらしい。
だが思い出して欲しい。この事実に関しては既に配信で公にしているという事を。
「確か、深層に行くには制限をかけられてたはずだよな。物理的に塞いだとか」
『その筈なんですけど、一応鍵付きの扉を無理矢理設置したみたいです。同期が確認してました』
流石に反省したのか簡単に入れないような措置はしたようだった。
中層から深層へ進める階段の入り口に金属製の鍵付きの扉を設置。深層に潜る申請をした探索者のみが鍵を受け取り通れる仕組みとなっている。
モンスターでも開こうと思えば開けるかもしれないし、帰還もしくは深層で行方不明になった場合に開けっぱなしになる可能性はあるのではないかとという心配はある。
鍵穴には魔力を用いた地上御用達な特殊鍵を使用しており、深層へ続く階段側から施錠できるのだ。
しかも、施錠の仕方がスライド式パズル形式であり運だけで解くことは非常に困難。あらかじめ答えを教えて貰ってるか賢い生物なら解ける仕組みになっている。
定期的に見回りもしているので開けっぱなしになるということは殆どないのだ。
「相当な酔狂か馬鹿ではない限り通ることもないか」
『そもそも審査で弾かれると思いますけどね!』
簡単に強行突破出来る代物ではないが、鍵自体が貴重品であるため管理も重要視されている。
その審査も厳しいものとなり、無策だろうがなんだろうが戦いに行くのはNGで装備に関しても絶対にモンスターに気づかれないことを前提とする装備で挑まなければならない。
もちろん、防御面は機能しないようなもののため見つかれば死ぬと考えてよい。
この制度が出来たことで殆どが深層に挑む幻想を捨てた。残ったのは僅かでも資源を回収しようとする正真正銘のプロのみである。
『だけどぉ、その子とても強いんですよね』
「具体的に言うと」
『攻撃全部急所でモンスターの体を素手で引きちぎれるくらいの腕力してる』
「割といるんじゃないか?」
『的確に脳みそかき回してるんだよ!その理由が肉を痛めたくないからって理由だし!』
その言葉を聞いてなるほどと納得した。
食に異様なこだわりを持つなら可食部を減らすことは避けるはず。だから一撃必殺かつ最低限の部位を傷つけることを目標としてるだろう。
そのような技術は簡単に身につくことは無い。相当な経験を積んで、なおかつ生物の体に詳しくなければできない所業だ。
それまでどれだけ命を奪ってきたのか、それをただ食材として見ているだけならやはり異常であろう。
もしも、
「とりあえず監視でもしたらいいんじゃないか?」
『宿がないってことで私がホテル紹介しました』
「何で?」
『なんか目を離したら危なそうだし、変なことして探索者に悪いイメージが付いたら嫌ですから』
「本音は?」
『あの子は食の探究者として売れる気がします』
「なんというか、何でもかんでもネタにしようとする根性は称賛する」
『普通に放置できないのもあるんですよ?根は純粋そうですし』
商魂逞しいというか、人として思う所はあっても人情は忘れていないようでよかったと思うべきか。
幸いなことに監視の目はありそうなので少しの間は心配は無さそうではある。
「で、もしかしたら何らかの形で深層に来るかもしれないと言いたいわけだな?」
『そうです。強いとは言っても危機管理が足りない田舎の子なので見つけたらでいいので』
「気が向いたらな」
表向きは興味を失ったように電話を切る。他にも何か言いたいことがあったかもしれないが、こちらのやる事だってあるのだ。
「監視装置、やはり完成を速めた方が良いか」
魔力を用いた限られた範囲内での通信を可能にする機械をあともう少しで完成するのだ。
「クソキメラを遊ばせておくのもこれくらいにしないといけないかもしれないな」
そして脳裏によぎるのは何度殺したと思ってもしぶとく生き続け、そのたびに少しづつ進化していくあの生命体。トライ&エラーの精神か襲い掛かる手口も様々な手段を用いて巧妙になってきている。
悲しいことに、相手がフィジカル面で無敵の男故に全て無駄となっている。
「罪が形となり襲い掛かってくる、か」
意味深な独り言だけを呟き、電話がかかってくる前から作業していた機械の作成に取り掛かる。
来る日のために、準備は念入りにしておいて損はないのだから。
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