第2話 好きな人の横顔②

 そんなある日、帰ろうとしたら雨が降って来てしまった。


 昇降口でどうしようかなあって悩んでいたら、「傘、ないの?」って声がした。

 あ、弘樹くん。

「うん、傘持ってこなかったの」

「これ、使って」

 弘樹くんは黒い傘を差しだした。

「え? でも」

「僕、折り畳みもあるから」

「あ、ありがとう!」

「うん、じゃあね」

 弘樹くんはにこっと笑うと、折り畳み傘を開ひらいて雨の中を帰っていった。


 あたし、駅までいっしょに帰りたかったけど、言えなかった。でも、傘、とても嬉しい! 

 傘をポンっと開いて、雨の中に入っていく。

 雨音が傘に響く。

 弘樹くんの傘、嬉しいな。

 あたしは突然の雨に感謝しながら家に帰った。家の玄関に傘を広げて乾かしていたら、ママが「この傘、どうしたの?」と言ったので、「貸してもらったの!」と応えた。

 ママはちょっと笑って「あら? あらあらあら? もしかして、好きな子の傘?」と言う。ママには隠しごとが出来ない。

「うん」

「よかったね」

「うん!」

 ママはふふふと笑った。あたしも笑う。明日、弘樹くんに傘を返す。それだけのことでなんだかとてもうきうきした。


 そして、翌日、弘樹くんに傘を返した。

「弘樹くん、昨日、ありがとう、傘」

「どういたしまして」

「……ねえ、弘樹くん、陸上部なんだね。走るの、速いね!」

「あ、うん、ありがとう」

 弘樹くんはちょっと照れた顔をして、笑った。

 あたしはこの傘の一件から、弘樹くんに気軽に話しかけることが出来るようになった。「木崎」と「新倉」は席が離れているし、なかなか話しかけられなかったんだよね。


 でもでも、あたし、気づいちゃったの。弘樹くんてば、結構人気あるの! 弘樹くん、みんなに優しいんだもん。だめだめ! あたしが先にいいなって思ったんだから‼

 あっ。宿題見せてあげてる。あっ。消しゴム貸してあげてる。あっ。数学教えてあげてる。……もう!

 あたしは教室の右の端から、左の前の方にいる弘樹くんのことを見て、やきもきしていた。

 それから、噂も聞いちゃったの。弘樹くん、中学のとき、彼女いたって。もう別れたみたいだけど、やっぱりなあ。そんな感じ、したんだよね。



 あーあ、ライバル多いよなあ。

 あたしは頬杖つきながら、溜め息をついた。

「彩香、どうしたの?」

 って弘樹くん! きゃあ! 声をかけてくれた!

「弘樹くん」

 あたしは弘樹くんをじっと見た。いつも横顔見ているから、真正面って変な感じ。

 あれ? 弘樹くん、耳赤い? 

 あたしはもう一度、真正面から、弘樹くんをじっと見た。

「何?」って、弘樹くん、赤くなっているよね? 


 あたし、嬉しくなって、弘樹くんの手をとって「ねえ、お昼ごはん、いっしょに食べよ?」と言ってみた。そうしたら、弘樹くんは「い、いいよ」って。

「ありがとう、弘樹くん!」

 にっこり笑って弘樹くんを見たところで、チャイムが鳴った。

「じゃ、お昼休みにね」

「うん」

 弘樹くんは手をちょっと振って、自分の席に戻って行った。そしてあたしは、弘樹くんの横顔を眺める。


 この席、好き。

 弘樹くんの横顔を眺められるから。――あ。弘樹くんがこっちを見た。

 あたしは笑って、ちょっと手を振った。

 やったあ! お昼休み、楽しみ!

 あたしは授業を聴くことよりも、弘樹くんの横顔を見つめることに集中した。かっこいいなあ。

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