第39話 幕間 猿と鼠

 そこそこの広さがある客間の1つで、1人静かにストレッチをしていた優那。

 変化の術で違う体型になる分、術を解いたらしっかり身体を解さないと、変な所に筋肉痛が出るのだ。

 そんな優那に、


「……そこそこ上手くいったようね?」


 天井から声が降ってくる。

 初めて訪れた家の天井から声が聞こえると言うホラー染みた状況に対しても、冷静そのものの優那は、


「……ステラさんだったかしら。

 アシストには感謝しますけど、さすがにいきなり冷たい水を掛けるのはやめてください。

 もう少し穏便に進めてくださいませんこと?」


 物怖じすることなく、苦言を述べる。


「そんな悠長なことを言っていたら、あの鬼娘に全部持ってかれるじゃない。

 あっちはかなり切迫しているみたいだったわ!」


 それに対して天井から飛び降りながら、文句を言うのは、今日付けで航平の使い魔となった鉄鼠。

 だが、


「必死になったところで、桃花のお子様体型が改善するわけではありませんわ。

 航平様もお年頃の殿方ですもの。

 今日のことで女性の色香を、大分意識されたでしょうし……」


 文句を言われた優那は妖艶に微笑みながら、従姉への毒を吐く。


「ずいぶん態度が違うのね。

 お風呂場では鬼娘を思いやるような言い草だったのに」

「当然でしょ?

 私の見た目で、強気で澄ました態度は殿方の受けが悪いんですから、色んなジレンマを抱える弱さを見せるキャラ付けをした方が、親密になれると言うものですわ」


 風呂の様子を覗いていたことには触れないで、自身の意図を話す優那。

 確かに大人びた印象が強い優那の見た目で、強気な態度ばかりは異性にとって近付きがたい。


「ふーん。

 加えて、2人だけの秘密に互いの裸を視た状況……。

 随分と航平へのアプローチを進めるわよね?

 ワタクシ様に共闘を持ち掛けてきた時の、航平を手に入れる気はないって言うのは、詐術の類い?」

「いいえ?

 航平様と良い仲になろうとは思っていませんよ?

 私が篭絡したところで、猿橋家と北嶽家が内々に航平様と桃花の関係を結ばせるだけですもの。

 ……そんなのもっと惨めじゃないですか」


 疑いの目を向けるステラに内情を話し、最後は深い湿った声で答える優那。


「内々に?

 あの邪神を出し抜く真似が出来ると思っているのかしら?」

「邪神?

 斗真様のことですか?

 桃滋郎様達は斗真様のことはあまり気に掛けていない様子でしたよ?

 斗真様ご自身は護るべき家門があるでもないですし、権力争いを楽しむタイプでもないと……」


 実際、斗真本人も息子が不本意に囲まれていれば、口を出すだろうが、合意の上なら何も言わないだろう。

 ……下手すると、孫が増えて嬉しいとさえ言い出しかねない。


「なるほど、……かなりありそうね。

 そうなると、他の霊能力者家系だけが相手なのね?」

「ええ。

 そして、北嶽は数の多い鬼の一族の元締めを担っていますので……」


 囲い込みにおいて、数はそのまま力になる。

 強行突破出来るような破格の存在でもなければ、集団で妨害されては核心に辿り着けない。


「なるほどね」

「実際、桃滋郎様からは私が誘惑するのをほのめかす言葉がありましたわ。

 親の欲目を入れても、あの桃花が他の家の少女達を出し抜けると思っていないんじゃないですか?」


 数を武器とする鉄鼠だけに理解が早いステラ。

 その納得を見ながら、従姉を扱き下ろして暗く笑う優那。

 そこには、鼠の魔王が引きたくなるほどの、凝縮された闇が漂う。

 これは触れるべきでない闇だと思いつつも、好奇心に負けたステラ。


「……つまり、あんたは北嶽とその関係者以外が航平と恋仲になれば良いわけね?

 本当に何があったのよ……」


 とつい訊ねてしまう。

 肉親の不幸を願う者と言うのは、鉄鼠の常識からは外れすぎていた。

 だが、それを聞いた優那は4枚の護符を部屋にバラ蒔きつつ、


「……当然じゃないですか!

 父も! 母も! 誰も彼もが! 桃花! 桃花! 桃花!! 桃花ぁぁ!!

 その挙げ句が! 私の今よ!

 桃花の心労が! と桃花に内緒で男装させて! そのくせ余所に奪われる前に篭絡しろですって!

 どんだけ私を磨り減らせばいい!

 私は桃花の奴隷か! 道具か!」


 防音結界を張り巡らした部屋の中に響く優那の慟哭。

 鼠の魔王をして、同情したくなるほどの強烈な寂しさの感情。


「……いい加減に消えなさいよ!

 往生際が悪いのよ!

 死ね! 死ね! 死ぃね!」


 爆発する桃花への怒りから、


「……ねえ、誰か私を見てよ。

 パパ、ママ……」


 一転、幼子が懇願するような思いを告げる。

 我を失いそうな感情を撒き散らしながら、揺るぐことのない結界に、優那が感情を荒ぶらせることが出来るのは、小さい頃からこの結界内だけだと理解するステラ。

 自然と優那の頭を、そして頬を撫でる。


「ワタクシ様だけは、あんたの味方になってあげる。

 だから大丈夫。……大丈夫」


 社会性の強い鼠の魔王として、目の前の少女が幼い頃から、感情を殺して生きてきたことに共感を覚えてしまったのだ。


「うん。

 私もあなたの味方。

 だから、絶対に桃花に航平様を渡さないで!」


 光の消えた瞳孔で、ステラへ願う優那。

 従姉の希望を奪い取ってほしいと願う様は狂気を孕んだ美しさがあった……。

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